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しおりを挟む「……分かったよ」
だが意外にも落ち着いた物言いで、殿下は言った。しかも分かりましたと言った。
「お、お分かりいただけましたか!?」
「ああ…君の気持ちがよくわかった」
良かった。どうなるかと思ったが、誤解は解けたらしい。ルイーズは胸を撫で下ろした。
「殿下には重ね重ね失礼を致しました。この罰はいかようにもお受けします」
「いや、それには及ばない。ただ、言わせてくれ」
「なんでしょう」
殿下は物憂げにため息をついた。憂えた表情がうるわしい。
「…私が当て馬だったんだな」
「…………はい?」
自分の耳を疑う。いま、殿下は自分を当て馬と言った──?
「君はシャルロットが好きだったんだな」
ああ聞き間違いじゃない。新たな誤解に、ルイーズは叫んだ。
「ど、とうしてそうなるのですか!?」
「君のことをシャルロットに聞いても、彼女はいつも言葉を濁していた。私はてっきり君のことが嫌いなのだと思っていたが、私を当て馬にすることで、彼女に嫉妬させていたんだな」
「違いますよ!違うんです!殿下は間違えておられます!」
「いいや違わない」
そんなキッパリ言われても、間違いは間違いでしかない。シャルロットは殿下を好いているし、殿下もそうだったに違いない。父の助言がなければ、ルイーズとてシャルロットにあれこれ世話を焼いたりしなかったし、殿下に対して思わせぶりなことも言わなかった。元凶の父にルイーズは怒りが湧く。
かといって現状を打開出来るわけもなく、現実逃避へと思考は向かっている。半ばルイーズは混乱していた。
「お願いです殿下。私の話をちゃんと聞いてください」
「聞いてるよ。私を利用して、二人の仲を確かめ合っていたんだね」
「違いますってば!シャルロットさんが好きなのは殿下!殿下です!」
「シャルロットは私と話すときは口数が減って、いつも浮かない顔をしていた。あれは拒絶だったんだ」
「恥ずかしがってただけですよ。おとなしい方なんです!」
埒が明かない。とにかくもうこの場から逃げよう。でなければ問答はいつまでも続き、誤解は大きくなる一方だ。
でもどうやって逃げよう。都合よく誰かがやって来るわけでもないし…。
すると誰かがタイミングよく小走りでこちらへやって来た。身なりからして従者のようだ。失礼、と言って耳打ちすると、殿下は驚いた顔をした。
「レインが?」
「はい。遠征を終え、報告の為に先に入国したようです。ただ、陛下の許しが無いままの帰国でしたので、王宮には入れず、離宮で待機しておられます」
「まずいな。手を打たなければ」
先ほどとは打って変わって、殿下は険しい顔をして、従者とやり取りをする。その佇まいは大変ご立派で、愛だの恋だの当て馬だの婚約者などと言い合っていたのが嘘のよう。
深刻そうな話だがルイーズには関係ない。なんてタイミングの良い横やりになのだろう。日頃の行いのお陰に違いない。今のうちにと、ルイーズは足音を消して後ずさる。
「──ああ、こちらのルイーズ嬢には部屋を与えてやってくれ。丁重にもてなすように。私の婚約者となるのだから」
「……へ?」
逃げ出そうとしていたのを見破られ、ルイーズは固まる。どんな命令にも忠実にこなしそうな従者は、やはり顔色一つ変えずにルイーズの前に立つと胸に手を当てた。
「ルイーズ様、既に部屋はご用意出来ております。どうぞこちらへ」
「ああ、あの…わたし、このまま帰らせて…」
「ルイーズ」
と、殿下が言う。
「従ってくれるね?君だけの問題じゃないんだ」
優しい笑みを向けられる。細めた青い瞳は、笑っていないようにも見えた。その笑みに、ルイーズはすっかり怯んでしまった。
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