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 湯舟に浸かりながら、ルイーズは手紙を読んでいた。たしなめられる行為だが、母亡き今、叱る人はいない。メイドが湯舟に湯を足す。ルイーズは礼を言った。

「何が書いてあるんです?お嬢様」

 メイドのエマは、ルイーズが幼い頃から住み込みで働いている。いつも身近にいて、何でも話せる仲だった。
 
「お茶会のお誘いよ。主催は王妃様だけれど、殿下もいらっしゃるわ」
「たくさん美味しいお菓子が食べられますね」
「ああ、そうね。そういうことなら楽しいわね」

 お茶会はごく私的なものだという。人数も少ない。参加者は、ルイーズの他にシャルロットも当然いる。他の令嬢の名前も。おそらくこれらが婚約者の最終候補と言っていいだろう。

 直ぐにシャルロットに求婚すればいいものを。まだこんな回りくどいことをするのかと思う。もしかしたら王妃の意向もあるのかもしれない。陛下は侯爵家から婚約者を出したいと思っているが、王妃はまた違った意見を持っているのかも。深読みしても仕方ない。自分には関係ないことだ。

「美味しいものがあったら包んでもらうわ。うちの料理人に作ってもらわないと」
「わぁ楽しみです」

 もう三十を過ぎているのに、エマの無邪気さはルイーズ以上だ。その無邪気さを少しでも分けてほしかった。

「お茶会はいつなんです?」
「明日よ」
「ならとびきり綺麗にしませんと」
「いいの。いつも通りでお願いね」

 と言ってもエマは聞かない。小走りで居なくなると、直ぐに戻ってきた。バケツの中には大量の薔薇の花びらが入っていた。それを湯舟に惜しみなく全て入れだした。

「庭師に集めてもらったんです。ここぞ!という時に使おうと思って取っておいたんです」
「止めてよ。薔薇の匂いなんかさせてたら、凄く気合入ってるみたいじゃない」
「香水よりも自然ですよ。ほんのり香るだけです。それに薔薇の成分で、肌が綺麗になります」

 今は薔薇の季節。花びらがよく取れる。バケツ一杯でも、まだまだ屋敷の薔薇は咲き誇っているだろう。
 
「ねぇエマ、私が産まれたから花園を大きくしたって話、本当なの?」
「ええ本当ですよ。なにせお嬢様は、ショーデ侯爵家で初めてお生まれになった女の子ですもの」

 歴代のショーデ侯爵家は、男児しか産まれす、妻となった女性の命は何故か短い。世継ぎに事欠くことは無いから、呪いと呼べるのか呼べないのか。何とも不思議な家系なのだ。

 そんな中産まれたのがルイーズだった。当時の父と母の衝撃と喜びは大きく、女の子なら花が好きだろうと勝手に決めつけて、花園を拡張したという。
 その通りに育ったルイーズは、薔薇が咲く今の季節が好きな少女になった。

「でも父さまも酷いわよね。一応は年頃の娘に、他の男女の仲を取り持てだなんて。どういう神経してるのかしら」
「え?そんなことおっしゃったんですか旦那様」
「そうなのよ!シャルロットさんを他の殿方から守って毎回殿下の所へ連れて行くのどれだけ苦労したことか。他の候補者からは目の敵にされるし、まぁうちは侯爵家だから表立っては文句を言ってくる人はいないけど、苦労したわ」
「…え?お嬢様、まさかそのシャルロットさんという方と殿下をくっつけようとなさってたんですか?」
「だってお父さまの命令だもの」

 ルイーズはため息をつく。疲れてうっかりうたた寝をしてしまうくらいには、本当に苦労したのだ。婚約者の件が終わったら避暑地に行って、思いっきり遊ぼう。舟に乗って川下りなんかもいいかもしれない。うっとおしいドレスを着て舞踏会で踊る華やかさよりも、今はとにかく思いっきり羽根を伸ばしたかった。

「でも」と、エマは言う。「旦那様は、お嬢様を大事になさっています。そんなことをお命じになるとは思えないのですが」
「お父さまも陛下に言われて私を参加させただけみたいだし、私みたいなちんちくりんよりも、シャルロットさんの方がお似合いよ。お父さまだってそこんとこは冷静に見てるのよ。いくら可愛い娘でも、現実には殿下と釣り合わないってちゃんと分かってるのよ。まともな親で良かったわ」

 これで父が野心家だったなら、何が何でも殿下の婚約者になれ!などと言ってきたことだろう。王族と結婚なんて恐ろしい。陰謀渦巻く王宮より、田舎の男爵と結婚したほうが何倍も良い。

「それに私、殿下のこと好きじゃないもの。将来の分のお妃候補ですらこんなにグズグズしてるんだもの。決断力の無い人は見ててイライラするわ」
「お嬢様…そんなことを言ってはいけませんよ」
「そんなわけだから、私は気楽に明日のお茶会を楽しむわ。エマの分のお菓子も持って帰ってきてあげるから楽しみにしててね」

 エマはまだ納得していないようだった。それもそうだろう。エマは王宮の暮らしを知らないから、お気楽なことが言えるのだ。

 とにかくお菓子を楽しみに明日に臨もう。湯舟に敷き詰められた薔薇の花びらを手に取る。どれも真っ赤で、母の好きな色だ。

 そうだ、と呟く。明日は母の真っ赤なドレスを着ていこう。型遅れだがそんなことはどうでもいい。お気に入りのドレスなのだ。気分も上がる。

 ちょっとは面倒なお茶会も少しは楽しみになってきた。薔薇の香りに包まれて、今日はよく眠れそうだと思えた。

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