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一章(マリアンヌ視点)
⑦
しおりを挟むそれは突然だった。部屋をノックする音。侍女が対応すると、入ってきたのは兵士たちだった。物々しい雰囲気に、マリアンヌは読みかけの本を置いて立ち上がった。
「何事ですか」
兵士たちの中から兵長が前に出る。膝をついて挨拶するものの、冷たい声音だった。
「陛下より逮捕状が出ております。我々と同行してください」
一気に緊張感が高まる。控えていた侍女が慌てて躍り出て、マリアンヌと兵士たちの間に割り込んでくれた。それを遠ざけて、マリアンヌは毅然とした態度で前に出た。
「逮捕状を見せなさい」
兵長から受け取り目を通す。そこにはこう書かれていた。
──ガートルード王太子殿下に『魅了』を使った罪。
マリアンヌは目を閉じた。『魅了』を使ったのを知っているのはガートルードとウィレムと──エリザベスだ。
誰が秘密を漏らしたのか思い当たって、マリアンヌは目を開けた。
「陛下より沙汰があるまで、監獄で待機してください」
兵士が淡々と言う。監獄に入ったら、また前と同じ状態。処刑という二文字が頭に浮かんで、どっと汗が吹き出る。
逃げ出したい気持ちを抑え、マリアンヌは胸を張る。ここで騒いだ所で、逃げられない。
「分かりました」
マリアンヌの言葉に、侍女も世話をするために同行すると言い出した。侍女は貴族の令嬢だ。巻き込むわけにはいかない。気持ちだけ受け取った。
最悪な結末ばかりが頭を巡る。生き延びたと思っていた。期待はしない方がいい。
前と同じ部屋に入れられる。見慣れた部屋だったが、何度も繰り返しを迎えた場所なだけに、体が震える。
戻りたくなかった。でも戻ってしまった。ほとんど放心状態で、マリアンヌは寝台に座る。
高い位置にある小さな窓。冬の空。寒さで体も心も冷える。
前は陛下を惑わせた罪、今度は王太子を惑わせた罪。親子で同じ罪で投獄され、どちらもエリザベスが関与している。
懸念するのは、ガートルードがどうなってしまっているのかだった。『魅了』は一人にしか使えない。陛下から直々に逮捕状が出された今、エリザベスは陛下またはガートルードを魅了した可能性が高い。
(おそらく、魅了にかけられているのは陛下だわ)
かつてガートルードにかけられていた『魅了』は、より強い魔力を持つマリアンヌによって上書きされていた。その呪縛を解いて再びガートルードにかけたとは考えにくかった。
それが知れたとしても、マリアンヌに出来ることは無い。諦めに似た境地になっている所に、マリアンヌは腕のブレスレットに目を落とした。
以前と同じ魔力を封じるブレスレットだ。術をかけた者にしかこのブレスレットを外せない。
このブレスレットは嵌める時は誰でも嵌められるが、外す時は術者でないと外せない仕様だ。
この術をブレスレットに施したのはガートルードだ。以前と同じ形のブレスレットだし、魔力がガートルードのものだった。
おそらく予め軍部で罪人を拘束する為に用意されている監獄の備品なのだろう。罪人を処刑したら、王太子であるガートルードにわざわざ外していただく手間は無くなるから、実質このブレスレットをつけた者は処刑される運命にあるのかもしれない。恐ろしい考えに至って、マリアンヌは震える。
(ん?ちょっと待って)
なぜこれが、ガートルードが施した魔力だと気づいたのだろうか。今は魔力を封じられていて、解析など出来ないのに。形が同じでも、術者がガートルードでない可能性があるはずなのに。
マリアンヌはブレスレットに触れた。するとやはりガートルードの魔力だと分かった。
(どうして?)
疑問を繰り返すうち、マリアンヌは急に霧が晴れたように頭がすっきりしてきた。数々の景色が蘇り、鮮明に色がつく。
「──あ…」
雷に打たれたような衝撃が体を駆け抜ける。マリアンヌは涙を流した。
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