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最終問答
しおりを挟むイザベルという女性がいた。早くに夫を亡くし、娘と息子を大切に育て上げてきた。その女性は国の女王に君臨していた。小国ではあったが、必死に守り抜いてきた。
女王には野望があった。隣国に嫁いだ姉が産み落とした息子、アルバート。彼を娘と結婚させ、国の王とする。そうすれば一気に大国となる。それは姉が嫁いだ時から密かに思惑を巡らせてきたことだった。
イザベルは毒の扱いに長けていた。だから、国王を毒殺し、アルバートを次の王に据えようと画策した。だが、国王は死なず、疑われたイザベルは王宮の出入りを禁じられた。
しかしこれで引き下がるわけにはいかなかった。アルバートが生きている限り、その機会が失われることはないと信じていた。
ある日、唐突に来訪者が現れた。名前を聞いて、一も二もなく面会した。
「アルバート!」
会うのは実に十二年ぶりだった。立派に成長し、たくましい麗しき男性に成長していた。
「久しぶりです。叔母上」
「ええ本当に。崩御されたと聞きましたよ。息子が跡を継いだとも」
「当然です」
「まだ幼すぎるわ。摂政は勿論貴方よね?」
アルバートは答えず、一枚の書類を見せた。
「お読みください。教皇より叔母上宛ての手紙です」
手ずから受け取り目を通す。そこに書かれてあった文句にイザベルは手を震わせ、驚愕した。
「これは──!」
「貴女がその書類に目を通した時点で、効力が発揮されます。ここは本日より『教皇領』となります」
教皇領、教皇が直接統治する領地。到底受け入れられるものではなく、受け入れる気も無かった。
「教皇はお喜びです」冷たくアルバートが言う。「これほどの土地を寄進して貰ったのは初めてだと。礼状も受け取りました」
アルバートが差し出す礼状を跳ね除ける。体中に怒りが湧き上がっていた。最初に褒め称えた気持ちは、今は憎悪に変わっていた。
「馬鹿な!こんなものは無効よ!いくら教皇様のサインがあろうとも、私のサインが無い」
「私のサインで十分認められます。私は、ここの唯一の王位継承者なのですから」
何を言っているのか分からなかった。それから気づいて青ざめる。イザベルは叫んだ。
「まさか!まさか─!」
「貴女のように毒は使ってません。私はそんなことはしない。息子と娘は息災です。貴女の子供達には、王位継承権を放棄してもらいました。大した交渉せずにあっさりと手放してくれましたよ。よほど貴女から離れたかったらしい」
「そんなはずないわ!お前が罠に嵌めたんだ!」
「嵌めたのはお前だ!」
ドン、と大きな音が響く。アルバートが机に拳を振り落とした音だった。
「…お前が、兄上を殺した。お前が持たせた菓子を兄上と食べた。毎日会いに行った。私はお前に中和剤を飲まされていたから何ともなかった。だが兄上は…」
「貴方のためよ」
「自分が支配者になるためだろ」
吐き捨てるように言われる。アルバートは懐から小さな包みを取り出すとテーブルの上に置いた。
「……妻が作った菓子です。食べてください」
イザベルは直ぐに毒だと気づいた。子供達を追いやった今、邪魔なのはイザベルだけ。怒りは収まらない。何とか打開出来る逃げ道を探そうとして──出来ないと気づく。
忌々しい書状に目を落とす。寄進状には、ご丁寧に周辺国の公証人の名前が何名も記載されていた。反故にすれば、自分だけでなく一族もろとも無事では済まされない。
たった一枚の紙切れが、絶大な効力を発揮していた。
イザベルは恨めしい気持ちを隠さずに乱暴に包みを手に取った。包みを捨てて中の菓子を頬張った。
「こんな毒が私に効くと思ってるの?」
「味が分かるか?」
アルバートの言葉に沈黙する。甥は床に落ちている包みを拾った。大事そうに折り畳んで、懐にしまう。
「分からないだろう。毒殺を恐れて、敢えて身に毒を溜め込んだお前には、味が分からない」
事実だった。何の味もしない。そんなこと、もう何十年と気にしたことも無かった。
「だから何?」
「──俺は、そんなふうになりたくない。愛する人の作った料理の味も分からなくなってまでそんな地位にいたくない。それは、毒など入っていない。妻が長旅だからと俺に持たせてくれたものだ」
「私が間違っていたと言うの?」
「むやみに人を害さず、ただの叔母として私に接してくれていたら、この国を売ろうなどとは考えもしなかった。貴女の娘の婚姻も受け入れていたかもしれない。全ては貴女が撒いた種だ。私は刈り取った。貴女はもう女王でもなんでもない。全ては終わったんです」
こうして彼がやって来た時点で全て詰んでいた。イザベルはもう何も言わなかった。
「一つ、聞きたい。何故ローズに毒を呑ませ虫まで入れた」
「知らない名前ね」
「モーリスに連れ去らせた女性だ」
あの冴えない男。思い出した。アルバートに近づいた女として、散々汚名を着せて死なせてやろうとしたのに、いつの間にか姿を消していた。男も女も行方をくらませたから、愛情が湧いて逃げたのだろうと思っていた。
「いやね、あんなのはただのいやがらせよ」
「……安心しろ。お前を殺しはしない。窓のない地下室に監禁だ。残りの一生をそこで過ごせ」
捨て台詞を吐いてサッと踵を返していく。大きな背中。本当に大きくなった。対する自分の手を見る。血管が浮き出て皺ついた手。衰えて醜くなった己の姿。衰えて…そう、衰えた。毒を孕んだ身体。彼を追いかけて引き止める体力もない。そっと、唇に指を当てる。乾いた唇。役に立たない舌。扉が閉まる音。ひとり残される。私はひとり。なんにもない。
ひとり。イザベルは、
帰路の馬車の中で、アルバートはイザベルが自殺したと知らせを受けた。窓を開けると風が吹き込む。道々に野薔薇が咲いていた。
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