上 下
35 / 44

お見舞い

しおりを挟む

 ダンフォースがやって来た。手紙ではやり取りしていたが、会うのは本当に久しぶりだった。ローズは心躍ったが、アルバートはそうではないらしい。不審な目をしていた。
「何しに来た」
 開口一番がそれだった。ダンフォースは肩をすくませた。
「ローズのお見舞い。ローズ、会いたかった」
 ダンフォースがにっこり微笑む。ローズも微笑んだ。背がまた伸びて、アルバートに似た面持ちになっていた。
 寝台から起き上がろうとして二人に止められる。ローズは大丈夫、と笑顔で言う。
「ちゃんと挨拶したいんです」
「いらないいらない。手術したって聞いて居ても立っても居られなくてさ」
「そういうわけには」
「うーん。じゃあ、手、出して」
 言われた通り手を差し出す。ダンフォースはそっと取ると、手の甲、ではなくローズの頬にキスした。えへへ、と子供のいたずらのように無邪気に笑った。
 アルバートはダンフォースの襟を掴み引き剥がす。威圧するような鋭い目に睨まれても、ダンフォースはへっちゃらだ。
「苺、渡しておいたから後で食べてね」
「ありがとうございます」
「あと結婚おめでとう」
「…はい。ありがとうございます」
 ダンフォースは寝台近くの椅子に座る。それから振り返ってアルバートに聞く。
「アル、あの話はした?」
「いや、まだ早いかと」
「もう僕たちの家族だ。アルも座って」
 促され、アルバートは座った。こうして隣同士で座っているのを見ると、兄弟のように見えた。
「僕のお父さん、王さまなんだけど、もう死んでるんだよね」
 さらりと言う。ローズは驚かなかった。父親が死んでいることは、彼の正体を知らない時に、本人の口から既に聞いていた。
「ずっと隠してたんだけど、僕、王さまになるから、もう隠さなくてもよくなったんだ」
「…おめでとうございます」
「ありがとう。父さまね、四月には死んだことになるんだ。お葬式をして、僕は夏に戴冠式して、正式に王さまになる」
 アルバートが口を開く。
「私は立場上、政務には一切関わらない。今までもそうしてきた。だが葬儀には出席する」
 公式の場に出るから顔が知られる。ローズも同席するだろう。駆け落ちして行方不明だった令嬢が、前国王の弟夫妻として出席する。当然、周囲はあれこれ詮索するだろう。もしかしたら国政に関わるような大事になるかもしれない。
「外野がうるさいのは常の事だからな。だから手を打っておいた」
「つい昨日、知らせが届いたんだよ」とダンフォース。
 アルバートはそれから、ローズにもあらましを話した。
 その話を聞いて、ローズは驚きながらも暗い顔をした。
「どうした?確かに、あまり良い話ではないが」
「いえ…そんなことは…。ただ、私、もう子供産めません。になるのなら、私でないほうがよろしいかと…」
 子を宿せないことは、かつてローズを診てくれた医師から言われていた。アルバートも一緒に聞いていたから、彼が知らないはずが無かった。
 アルバートは直ぐに首を横に振った。
「必要無い。跡継ぎなど考えてもいない。ローズで過分すぎるくらいだ」
「お熱いねぇ」
 ダンフォースが茶々を入れる。アルバートは間髪入れず小突いた。
「いたい!」
「黙れ」
 おお怖いと言いつつダンフォースは席を立った。そのまま扉へ向かっていく。
「邪魔者は帰るよ。ローズ、無理しないでね。いちご食べてね」
「陛下」
「名前で呼んで。今まで通り」
「はい…ダンフォース様、またお会いできるのを楽しみにしております」
 ダンフォースは手を振って出ていった。いなくなると一抹の寂しさを感じた。
 ふたりきりになって沈黙する。もともと話すつもりが無かったのに、予定が狂ってしまったらしい。アルバートは長く息を吐いた。
「あまり君には、重責を担わせたくない。だが傍にいてほしい」
「どこまでもついて行きます。ですから、そんなことをおっしゃらないで」
 深くは語らない。視線を通わせるだけで、通じあえた。
「でも目標も出来ました」
「目標?」
「葬儀に参列出来るように、頑張って回復します」
 声を弾ませて言った。少し不謹慎だったかもしれない。だがアルバートは、ふ、と笑いをこぼしてくれた。
「頑張らなくていい。ゆっくりな」
 ローズは頷く。手をのばす。
「アルバート様」
「ああ」
 抱き上げられて、首に腕を回す。彼のどこを触れても温かい。額を合わせて、囁きあう。他愛のない会話。
「もっと太らないとな」
「ちゃんと食べてます」
「知ってる。苺食べるか?」
「ええ。あの、食堂で食べたいです。歩きたいんです」 
「…………」
「腕を貸してもらえば、歩けます」
「分かった。だが、階段は抱えるからな」
 寝台に降ろされる。名残惜しそうに指先が離れる。使用人に苺の用意をさせるのだろう。少し離れるだけなのに、彼は部屋を出るまでずっと、ローズに目線を送っていた。


 今度は母と弟がやって来てくれた。一年過ぎの再会。ローズは少しでも元気に見せたくて化粧をして出迎えた。
 母はローズを見るなり抱きしめた。ローズも背中に手を回した。母の肩が震えて、ローズも涙が込み上げてくる。化粧が落ちるから我慢していたが、耐えきれなかった。
 弟がハンカチを差し出す。受け取って涙を拭いた。弟も背が伸びた。遠慮がちに結婚を祝ってくれた。
「姉上、これを」
 熊のぬいぐるみだった。毎日枕元に置いていたものだ。それから体も気遣ってくれて、変わらない優しさが身にしみた。
 長居はしないと決めていたのだろう。また、と言って二人は去っていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

奥様はエリート文官

神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】 王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。 辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。 初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。 さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。 見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)

聖女候補の転生令嬢(18)は子持ちの未亡人になりました

富士山のぼり
恋愛
聖女候補で第二王子の婚約者であるリーチェは学園卒業間近のある日何者かに階段から突き落とされた。 奇跡的に怪我は無かったものの目覚めた時は事故がきっかけで神聖魔力を失っていた。 その結果もう一人の聖女候補に乗り換えた王子から卒業パーティで婚約破棄を宣告される。 更には父に金で釣った愛人付きのろくでなし貧乏男爵と婚姻させられてしまった。 「なんて悲惨だ事」「聖女と王子妃候補から落ちぶれた男爵夫人に見事に転落なされたわね」 妬んでいた者達から陰で嘲られたリーチェではあるが実は誰にも言えなかった事があった。 神聖魔力と引き換えに「前世の記憶」が蘇っていたのである。 著しくメンタル強化を遂げたリーチェは嫁ぎ先の義理の娘を溺愛しつつ貴族社会を生きていく。 注)主人公のお相手が出て来るまで少々時間が掛かります。ファンタジー要素強めです。終盤に一部暴力的表現が出て来るのでR-15表記を追加します。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

処理中です...