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お見舞い
しおりを挟むダンフォースがやって来た。手紙ではやり取りしていたが、会うのは本当に久しぶりだった。ローズは心躍ったが、アルバートはそうではないらしい。不審な目をしていた。
「何しに来た」
開口一番がそれだった。ダンフォースは肩をすくませた。
「ローズのお見舞い。ローズ、会いたかった」
ダンフォースがにっこり微笑む。ローズも微笑んだ。背がまた伸びて、アルバートに似た面持ちになっていた。
寝台から起き上がろうとして二人に止められる。ローズは大丈夫、と笑顔で言う。
「ちゃんと挨拶したいんです」
「いらないいらない。手術したって聞いて居ても立っても居られなくてさ」
「そういうわけには」
「うーん。じゃあ、手、出して」
言われた通り手を差し出す。ダンフォースはそっと取ると、手の甲、ではなくローズの頬にキスした。えへへ、と子供のいたずらのように無邪気に笑った。
アルバートはダンフォースの襟を掴み引き剥がす。威圧するような鋭い目に睨まれても、ダンフォースはへっちゃらだ。
「苺、渡しておいたから後で食べてね」
「ありがとうございます」
「あと結婚おめでとう」
「…はい。ありがとうございます」
ダンフォースは寝台近くの椅子に座る。それから振り返ってアルバートに聞く。
「アル、あの話はした?」
「いや、まだ早いかと」
「もう僕たちの家族だ。アルも座って」
促され、アルバートは座った。こうして隣同士で座っているのを見ると、兄弟のように見えた。
「僕のお父さん、王さまなんだけど、もう死んでるんだよね」
さらりと言う。ローズは驚かなかった。父親が死んでいることは、彼の正体を知らない時に、本人の口から既に聞いていた。
「ずっと隠してたんだけど、僕、王さまになるから、もう隠さなくてもよくなったんだ」
「…おめでとうございます」
「ありがとう。父さまね、四月には死んだことになるんだ。お葬式をして、僕は夏に戴冠式して、正式に王さまになる」
アルバートが口を開く。
「私は立場上、政務には一切関わらない。今までもそうしてきた。だが葬儀には出席する」
公式の場に出るから顔が知られる。ローズも同席するだろう。駆け落ちして行方不明だった令嬢が、前国王の弟夫妻として出席する。当然、周囲はあれこれ詮索するだろう。もしかしたら国政に関わるような大事になるかもしれない。
「外野がうるさいのは常の事だからな。だから手を打っておいた」
「つい昨日、知らせが届いたんだよ」とダンフォース。
アルバートはそれから、ローズにもあらましを話した。
その話を聞いて、ローズは驚きながらも暗い顔をした。
「どうした?確かに、あまり良い話ではないが」
「いえ…そんなことは…。ただ、私、もう子供産めません。その立場になるのなら、私でないほうがよろしいかと…」
子を宿せないことは、かつてローズを診てくれた医師から言われていた。アルバートも一緒に聞いていたから、彼が知らないはずが無かった。
アルバートは直ぐに首を横に振った。
「必要無い。跡継ぎなど考えてもいない。ローズで過分すぎるくらいだ」
「お熱いねぇ」
ダンフォースが茶々を入れる。アルバートは間髪入れず小突いた。
「いたい!」
「黙れ」
おお怖いと言いつつダンフォースは席を立った。そのまま扉へ向かっていく。
「邪魔者は帰るよ。ローズ、無理しないでね。いちご食べてね」
「陛下」
「名前で呼んで。今まで通り」
「はい…ダンフォース様、またお会いできるのを楽しみにしております」
ダンフォースは手を振って出ていった。いなくなると一抹の寂しさを感じた。
ふたりきりになって沈黙する。もともと話すつもりが無かったのに、予定が狂ってしまったらしい。アルバートは長く息を吐いた。
「あまり君には、重責を担わせたくない。だが傍にいてほしい」
「どこまでもついて行きます。ですから、そんなことをおっしゃらないで」
深くは語らない。視線を通わせるだけで、通じあえた。
「でも目標も出来ました」
「目標?」
「葬儀に参列出来るように、頑張って回復します」
声を弾ませて言った。少し不謹慎だったかもしれない。だがアルバートは、ふ、と笑いをこぼしてくれた。
「頑張らなくていい。ゆっくりな」
ローズは頷く。手をのばす。
「アルバート様」
「ああ」
抱き上げられて、首に腕を回す。彼のどこを触れても温かい。額を合わせて、囁きあう。他愛のない会話。
「もっと太らないとな」
「ちゃんと食べてます」
「知ってる。苺食べるか?」
「ええ。あの、食堂で食べたいです。歩きたいんです」
「…………」
「腕を貸してもらえば、歩けます」
「分かった。だが、階段は抱えるからな」
寝台に降ろされる。名残惜しそうに指先が離れる。使用人に苺の用意をさせるのだろう。少し離れるだけなのに、彼は部屋を出るまでずっと、ローズに目線を送っていた。
今度は母と弟がやって来てくれた。一年過ぎの再会。ローズは少しでも元気に見せたくて化粧をして出迎えた。
母はローズを見るなり抱きしめた。ローズも背中に手を回した。母の肩が震えて、ローズも涙が込み上げてくる。化粧が落ちるから我慢していたが、耐えきれなかった。
弟がハンカチを差し出す。受け取って涙を拭いた。弟も背が伸びた。遠慮がちに結婚を祝ってくれた。
「姉上、これを」
熊のぬいぐるみだった。毎日枕元に置いていたものだ。それから体も気遣ってくれて、変わらない優しさが身にしみた。
長居はしないと決めていたのだろう。また、と言って二人は去っていった。
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