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喧嘩と仲直り

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 ある程度ケリをつけて、ローズに会いに行く。寝室の奥。サンルームの椅子に腰かけて俯いていた。
 ローズは立ち上がった。目が赤かった。
「旦那様…お願いがあります」
「もう夕食だ。来い」
「私をお売りになってください」
 アルバートは怒りがぶり返した。短気だと昔から自覚しているが、モーリスと言いこの女といい、神経を逆撫でするような事ばかり言ってくる。
「その話は終わったはずだが?」
「毎日モーリスのこと、思い出しています。彼のことが忘れられません。私を売った人でしたが、私にとっては…良いお方でした。だからこれ以上、何も知りたくないんです。私を売った以上の、彼の酷い話を聞きたくないのに」
 ローズの瞳から涙がこぼれ落ちる。ローズは顔を背けてハンカチで拭った。
「──旦那様は酷いお方です。無体に扱われるよりも、ずっとずっと酷いことをなさる。…私を何処かへ売ってください。後生ですから」
「なら言わせてもらうが、買ったのは俺だ。お前に何を言おうが何をしようが、俺の勝手だ」
 背を向けるローズの肩が震える。確かに、こんな時にかける言葉ではなかった。アルバートはサンルームから出て、リラを呼んだ。
 リラは会釈した。
「旦那様、ご用は」
「ローズは今日隣室で休む。部屋を整えておいてくれ。食事は取れそうなら運ばせて、食べないならカモミールを飲ませて、後はそっとしておけ」
「カモミール?意味ありますか?」
「気分が落ち着く。アイツは今泣いてるから、刺激しないようにな」
 リラはサンルームへ続く扉を一瞥した。
「奥さまに、アイツと呼ぶのは良くありません」
 この東方からやって来た女は国柄なのか、主人に対してへっちゃらで意見を言ってくる。アルバートはそうだな、と適当に返事した。
「旦那様、時々、お前とも呼んでます。奥さま、使用人ではありません。間違ってます」
「ああ…分かったよ。気をつける」
 リラは会釈してローズの元へ。苛立っていた筈のアルバートは、すっかり毒気を抜かれて、気まずげに一人頭をかいた。
 
 支度を終えて、寝るばかりとなったアルバートの元に、夜着を纏ったローズが訪れた。彼女は何故か枕を抱きしめていた。
「どうした。部屋なら用意しただろう」
「あの…先程は…ご無礼をしました」
 ローズは頭を下げた。顔を上げると、前に落ちた髪を耳にかけた。艷やかな金髪。伏し目がちな碧の瞳。細い顎に血の気のない唇。の見目麗しい女性。服の上からでも分かる細い体つきは、彼女の身に降り掛かった不幸を如実に表していた。
 アルバートは椅子に座らせた。
「俺が悪かった。もうあの件は一切話をしない。俺はお前を…ローズを売る気はない。そもそも人が売買されるなどあってはならない。疲れたろう。もう休め」
 ローズは一層、枕を抱きしめた。
「一人では、寝られません…」
「リラに頼むか?」
 ローズは首を横に振った。彼女はアルバートを見つめた。彼女は立ち上がって、遠慮気味にアルバートの指を握った。冷たい手だった。
「アルバート様が、モーリスへの未練を断ち切ろうとなさってくださるの、よく分かります。なのに、わたし…諦めないといけないのに…アルバート様に八つ当たりしたんです」
「もう終わったことだ」
「はい…おかしいんですけど…よく分からないんですけど、モーリスの顔、思い出せないんです…あの人とどうやって過ごしてたのか、思い出せないんです。毎日思い出そうとするんですけど、思い出せないんです」
 それは明らかに毒の作用によるものだった。
 モーリスの話では、ローズと駆け落ちした後は、毒を飲ませ続けて、ひたすら一室に監禁していたという。幻覚に一日中話しているときもあれば、自分のドレスを縫い物と見立て、針も糸も無いのに縫う仕草をしているときもあったという。
 アルバートはそっと抱きしめた。
「裏切られたショックのせいだろ。カモミールは飲んだか?」
 ローズはほんやりしたまま頷いた。背中をぽんぽんと叩いて、体を離した。真ん中に挟まれていた枕を取り上げて椅子に置いて、もう一度抱きしめ直した。仲直りなどと、幼稚な言葉が浮かんでくるが、それしか思いつかなかった。
「明日はよく晴れるそうだ。見せたいものがある。案内しよう」
 ローズを抱き上げベットに寝かせる。額に唇を落とす。それだけなのに、ローズは顔を真っ赤にさせて顔を覆った。その顔ごと抱き寄せて、眠りについた。
 

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