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三章

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 その知らせが入ったのは、式典の翌朝のことだった。

「本当なの?」

 知らせてきたソニアは間違いないと答えた。昨日の疲労が抜けきれていないアンは、横になったままだ。天蓋の天井に目を移す。

「メアリーが、はやり病スートラに罹ったなんて」

 愛らしさと美しさが全てと言っても過言ではないメアリーにとって、容貌が損なわれるなどあってはならない。だから、はやり病には人一倍、罹らないように注意してきただろう。絶対など無い。昨日の彼女は見る限りは、とてもそんな病に罹っているとは思わなかったのだが。

 ぱちん、と暖炉の木が爆ぜる音に反応して、ソニアが火かき棒を手に取る。よく乾燥した質の良い木を選んでくれているから、煙が目立たず程よく燃えた。

「昨日の式典には多くの者たちが同席していました」
  
 ソニアが火かき棒を使って加減を調節しながら話をする。

「しかもメアリー様は皇帝陛下に無礼にも進言しておりました。陛下はもちろん、感染の疑いのある者たちは大勢います」
「皇帝陛下及びご家族は?」
「既に医師の処方に従い予防薬を接種しておられるとか」
「そう。アーネスト様にも手配をお願いします」
「あのお方は、何故か罹らないと豪語しておられて、お飲みになったことがありません」

 アンは首をかしげた。変な所で意地を張る。薬が嫌いなのだろうか。

「本人だけの問題ではないでしょうに。私が後から説得しておきます」
「ぜひお願いします」
「…ソニア、起こして頂戴」
「お休みされてはいかがですか?顔色が悪いです」
「食事を取れば良くなります。ソニア」

 手伝ってもらって、体を起こす。体が重かった。めまいを起こさないように目を閉じる。息を整えてから、立ち上がる。ソニアに寄りかかりながら、小椅子に座る。

 アーネストとレイモンドは、二人だけで先に朝食を取っているそうだ。もうじき戻ってくるだろう。アンはソニアが掛けてくれようとした肩掛けを断った。

「支度をするから着替えをお願い」
「食事でしたらお持ちしますよ」
「メアリーを見舞いに行きます」

 ソニアは驚きに目を見開いた。

「いけません奥様。あの方を見舞うなど」
「私はもう、はやり病スートラになったから感染うつりません。見舞ったあとは十分に湯浴みをしますから、ソニアに罹らないわ」
「私などどうでもいいんです!昨日の式典の様子は、人づてに聞きました。無礼にも程があります。奥様を貶めるような発言をして、神が罰を与えたんですよ」
「なら先に病になった私も神から罰を与えられたのね」
「そういうわけでは…!」
「ソニア」

 怯えさせないように、アンは努めて優しく名を呼んだつもりだった。だがソニアは、びくりと体を震えて口をつぐんでしまった。
 毎日、女王としての虚勢を張るような真似をしてきたせいか、最近はこういう風に周りを怯えさせてしまうことが多々あった。新しく入った使用人などは、アンを恐れてか目も合わせてくれない。アンは自分の変化を実感していた。

「ソニア、ごめんなさい。でもメアリーに会わなければならないの」
「…奥様」
「着替えだけ手伝ってください。アーネスト様とレイモンドが帰ってきた時の為に、ここで待機していてください。メアリーの部屋へは、別の者に案内をお願いします」

 命令するのにも、いつの間にか慣れてしまった。こうされては、ソニアは従うしか無い。その通りにソニアは、着替えの準備を始めた。別の部屋へ衣服を取りに行く彼女の背中を眺めながら、アンは深く息を吐いた。



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