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二章(アーネスト視点)
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しおりを挟む幸いだったのは、結婚指輪を用意していたことだ。ユルール侯国は各国との貿易が盛んで、修道院に出向く直前に、運良く希少な指輪を手に入れていた。
こうなるとは全く予想していなかった。指輪を買い求めたのは、本当に偶然だった。神の導きのようにアーネストは感じていた。
アンの薬指に指輪を嵌めてみる。少し大きかった。骨が浮き出ているのだから仕方ない。たくさん食べさせれば、やがて指輪も丁度よくなるだろう。
それからはあっという間だった。
勢いのまま夫婦となったのだから、周囲と辻褄を合わせる必要があった。修道院を買収して、結婚証明書を作成させた。全て金で解決できる問題だった。
それ以上に問題だったのは、アンの体調だった。修道院から領地への移動中、アンは高熱を出した。急いで屋敷に着いて寝台へ運ぶ。横に寝かせて、医師を呼んでいる間に、彼女は意識を失っていた。
「アン」
肩を揺する。閉じた瞼は開かず、息はあるものの、とても弱々しい。熱がある筈なのに、体が震えていた。
医師がすかさず首に触れる。顔の診察をして、助手の看護婦に、水を取りに行かせていた。
「領主様、このお方は重病です。お命も危ういかと」
医師の無情な診断に、最初は耳を疑った。確かに痩せていはいる。骨も浮き出るほど。だが、命を脅かすほどまでとは思っていなかった。
「痩せているからか?食べさせればいいのか?」
「いいえ領主様、そんな簡単な話ではありません。このお方は、おそらく毒に侵されています」
毒と聞いて、アンの顔を見やる。焼け爛れた顔。はやり病の後遺症だとばかり思っていた。だが、何年も前に患った病で、まだ顔にこんな火傷のような症状が出るものだろうか。何故、医師に言われるまで、疑問に思わなかったのか。悔やしさが滲む。
「いくらでも金は出す。アンを回復させてくれ」
「もちろん最善は尽くします。お顔の毒は、塗布されたものです。なにか、塗ってはおられませんでしたか?」
「いや、いつもベールを被っていたから…」
アーネストと医師は同じことに気づいたようだ。恐らく、そのベールに毒が塗られている。
下劣な真似を。毒を盛ったのは修道院に違いなかった。アンを引き取る際、金を積んでも中々に了承しなかったのは、この秘密が露呈するのを恐れてだったとしか思えなかった。修道女とはいえ、アンは候爵令嬢だ。こんなじわじわと殺すような真似をするなど、神に仕える者とは思えぬ所業だった。
今は怒りを向ける時ではない。とにかく今はアンの治療が先決だった。
医師は手持ちの薬箱から乾燥した薬草を取り出した。
「毒消しの薬です。看護婦に煎じさせます。取り敢えずはこれで急場は凌げるかと。このお方の、」
「妻だ」
医師は少し驚いた顔をしたが、余計なことは言わなかった。
「……奥方様の毒の特定をしたいのですが、ベールはまだありますか?」
「ああ、後で持ってこさせる」
「出来れば顔はベールで覆わない方がよろしいかと。治りが遅くなります」
それから医師はいくつかの助言を加えた。命を脅かすほどの症状のため、とにかく安静にしてとにかく食べさせろという内容だった。
医師から話を聞いている間に、煎じた薬が運ばれてくる。まだアンは眠っていた。看護婦が飲ませようとするが、起きないから飲ませようが無かった。
「起こしたほうがいいか?」
「いえ、眠りも回復にはかかせません。そこまで深い眠りなら起きるのを待ちましょう」
眠るアンの姿を見下ろす。こんなに弱々しい姿でも、可愛らしいと場違いに思ってしまう。起きているときに触れると怖がられるから、こんな時でしか触れられない。手を握って、柔らかな感触を確かめた。これ以上、この人を不幸にはさせない。良いものだけを与えて幸せにしてやりたい。笑顔をいつか見たい。あの時の笑顔を取り戻してやりたい。そっと手の甲に口づけた。
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