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一章(アン視点)
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しおりを挟む教会の鐘が鳴るのを、アンは一人別室で聞いていた。今日は妹の結婚式。彼女が十八になるのを待って式を挙げるつもりで、つつがなく時は過ぎ、実際に今日、そうなった。式に相応しい雲ひとつない晴天で、全てが彼女を祝福していた。
アンも二十歳になっていた。病がちなのは変わらず醜い容貌も変わらず、継母と異母妹の仕打ちも相変わらず、無常に時を過ごした。今日から異母妹は嫁いで屋敷からはいなくなるが、同時にアンも修道院に入ることになっていた。今日という日は、二人の姉妹の栄辱の境い目だった。妹は幸せを手に入れ、自分は陽の目を見ることのない暗闇へ。それでいいと思っていた。むやみに世俗にしがみつくよりは、神に仕えた方が気が楽だ。こんな醜い自分が幸せになれるとも思えなかったし、何が幸せなのかもよく分からなくなっていた。
異母妹の結婚式の為、教会に連れてこられたものの、出席は禁じられた。服もいつも通りの部屋着のまま。髪を結うことすら許されなかった。これも嫌がらせの大好きな妹の仕業だった。幸せを見せつけてたいが為に呼びつけた。式が始まる前にこの部屋にやって来た妹は、純白の花嫁衣装をまとい、文句のつけようが無いほど洗練されていた。
「姉さま見て。今日のために仕立てたのよ」
くるりと回って、幾重もの布地で膨らみをもたせたスカートを更に膨らませる。絹の生地が艶めき、レースの刺繍が細やかで、動けば動くだけ上品な光を放った。
「きれいよメアリー」
「ふふ、姉さまありがとう。姉さまに言ってもらうのが一番嬉しいわ」
本心なのだろう。屈辱を隠して精一杯に褒め称える姉の言葉が欲しくてたまらないのだ。アンはもう最後だからと、妹の望みを叶えた。アン自身、もう疲れきっていた。
「こんなに美しい妹の姿を見れて嬉しいわ」
「本当?」
「本当よ。貴女は幼い頃から可愛くて、そのまま成長した。貴女の幸せを願うわ」
「お姉さま…ありがとう」
感極まったように目を潤ませて、妹は胸元のパールを撫でた。
「汚いお顔になってまで、私のために聞き心地のいい言葉をありがとうございます」
アンはメアリーを見やる。今まで、あからさまな物言いをしてこなかった妹が、ようやくと言った具合に仕掛けてきた。
最後に、と思ったのはアンだけではなかったようだ。アンは向こうの出方を伺った。
メアリーは涙を拭う仕草をして、持っていた扇子で口元を隠した。
「醜い醜いお姉さま。使用人に白い肌と褒めてもらっていたのに、今は爛れた跡が残って、近づいて見ると醜くて吐き気がするわ」
「目障りだったなら、私などに構わなければよかったのに」
「目障りだからこそ、見せつけたいの。分からない?」
嫌というほど分かっていた。アンは頷いた。
「そうね。見せつけられてきたわ」
「ふふ。でしょう?でもそれも今日で最後。やっぱり目障りなものは目障りなんだもの。同じ屋敷に暮らしているだけでも腹立たしかったもの。頑張って耐えたのよ私。すごいでしょ?」
この期に及んで、まだ褒めてもらいたいらしい。隠す気も無くなった妹に対して、アンもさすがにもう称えたりはしない。
「お姉さま、教えてほしいの。お姉さまの婚約者を奪った私がさぞ憎いでしょう?」
「いいえ。やむを得なかったもの」
メアリーが甲高い声を上げる。癇に障る声で、昔からアンはその声を聞くのが嫌だった。
「あはは!お姉さまってやっぱり馬鹿ねぇ。お姉さまだけがあの屋敷でどうして流行り病になったのか疑問に思わなかったの?」
「…どういうこと?」
扇子が閉じる。真っ赤な口紅が血のようだった。
「お姉さまが使っていた毛布。色が変わったの気づかなかった?あれ、感染した者が使っていた毛布なのよ」
「……私に、感染した者の毛布を…?」
「鈍いわねぇ。まだ分からないの?感染させたのよ」
流行り病は感染する。そんなのは誰でも知っている。だが、まさかその性質を悪用して感染させるなどとは、アンは夢にも思わなかった。それを実行したのが、妹だという事実にも、言われなければ気づきもしなかったし、考えもしなかった。
この醜い姿が、故意であるなどと思いもしなかった。
嘘だと言いたくて、堪える。口にしたら相手の思うつぼ。だが溢れ出した感情は抑えきれず、アンの頬に涙が落ちる。
「──きゃはは!きったないわねぇ!」
メアリーをただ喜ばせてしまう結果になって、なんてこんな残酷なことを思いつくものだと場違いに感心する。そうでも思わなければ、この場をやり過ごせなかった。
「その顔が見たかったの!今まで散々私に媚びへつらってきて、でもどこか澄ました顔が気に入らなかったわ!やっと本当に絶望してくれて、こんなに胸がすくのは初めてよ。たまらないわ!いっちゃいそう!こんな気持ちが味わえるなら、もう一度同じ目にあってもらいたいぐらい!」
はしゃぎ過ぎて、頭の花飾りが床に落ちる。そんなのを気にしないで、メアリーはひたすらに喜びに声を上げ続けた。
「どうして…メアリー。どうしてこんな仕打ちをするの…?」
長年疑問だった。もうこうなった以上は、聞かずにはいられなかった。
初めメアリーは無視をして、喜びたいだけ喜んでいた。やがて笑い疲れて長く息をつくと、やっとアンを見た。
「虐めたいと思ったとき、そこにお姉さまがいたの」
「…それだけ?」
それだけで、流行り病にしたというの?
「一番身近にいる邪魔な存在だもの。お母さまも虐めていたし誰からも必要とされてない。死んでも喜ばれるだけの存在のお姉さまに、私が相手してあげたの。感謝してよね」
メアリーは目を細めて顔を歪める。それは、醜い者に対する侮蔑の表情だった。
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