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 あれこれ準備しているときに限って、レイフはローレンスを連れて寝室にやって来た。マリアは慌てて合わせを引き寄せて、着崩れを直した。
「どうなさったの二人とも」
「かあさま良い匂いする!」
 ローレンスがマリアに抱きつく。抱き上げてやりたかったが、匂いが移るといけないから、頭を撫でるだけに留めた。
 レイフも近づいて匂いを嗅いできた。良い匂いだ、とだけ言った。
「来月は君の誕生日だろう?少し早いが、ローレンスから君にプレゼントがあるそうだ」
「まぁ…すみませんわざわざ」
 ローレンスが満面の笑みで、服の下から小さな小箱を取り出した。白い箱にピンクのリボンで結ばれていた。
「かあさま、おめでとうございます!」
 マリアは膝をついて受け取った。
「…ありがとうございます」
「あけて!はやく!」
「ローレンス、急かさない」
 レイフがなだめているうちに、マリアはリボンを取る。蓋を開けると、そこには丸まった紙が入っていた。取り出して広げる。すると似顔絵が描かれていた。
「かあさまだよ!」
 一目で分かった。にっこり笑っている。マリアもこの絵と同じく笑った。
「綺麗に描くんだと何枚も描いてな」
 レイフがローレンスを抱き上げて、マリアにも立つように促す。
「マリアには隠しておきたいからと、執務室に閉じこもってな。従者にも見張らせて、こそこそ描いてたんだ」
 マリアはここ最近の悩みが一気に解消した。マリアは、安心すると共に、ここ数日の寂しさの恨みから、ローレンスの頬を少しつねってみた。ローレンスは嬉しそうに身をよじった。
「かあさま、いたーい!」
「私に隠し事していた罰ですよ」
 ローレンスは大笑いしている。レイフも笑っていた。
「ローレンス、嬉しいわ。こんなに綺麗に描いてくれてありがとうね」
「またうまくかけたら、プレゼントするね」
「ええ、楽しみにしています」
 マリアは改めて絵を眺める。掌くらいの小さな絵。いつでも見られるように額に入れて飾っておこう。そう思った。


 ローレンスは部屋に戻って、レイフと二人だけになる。マリアはいつまでも絵を眺めていた。
「この子には絵の才能があるな」
 レイフも隣に座って覗き込む。マリアはくすりと笑ってテーブルに置いた。
「親の欲目でしょうね」
「そうだとしても、あんなに楽しそうに描くんだ。思う存分やらせてみるのもいいかもしれないな」
 マリアは頷く。ローレンスは、どんな大人になるのだろう。自分がその芽を摘み取ってしまうことはしたくない。彼が次の伯爵だとしても、好きなことをさせてやりたい。それはレイフも同じ考えで、マリアはそれが嬉しかった。
「貴方様からのプレゼントは無いんですか?」
「痛いところをつかないでくれ」
「ふふ、冗談です。お忙しいのにローレンスに付き合って、ご苦労様でした」
「楽しかった。とにかく見つからないように、皆でマリアを見張っていた」
「そんなことを?」
「ずっと部屋にいたから心配だった。もっと庭を散策しないと、体が弱くなってしまう」
 ローレンスがいなかったから、自然と庭に出る機会も減っていた。ひたすら読書していたように思う。
「明日から早速そうします」
 ああ、と言ってから、レイフは身を寄せて匂いを嗅いだ。
「…今日はよく匂うな」
「あ…たまには、体にも付けようと思って…」
 ローレンスの事情が判明したから、マリアはもう半ば夜の方はどうでもよくなっていた。
 マリアは立ち上がって寝ましょうと促した。髪留めを取って髪を下ろす。広がり落ちる髪を見たレイフは、手を差し入れて梳き始めた。
「髪、どうした」
「え?」
「切ったのか?」
 まさかレイフが指摘とは思わず、肯定する。
「重たかったので」
「何でこんなに切った」
「そんなに切ってませんよ」
「こんなに切ってる」
 ほら、と髪の先を見せられても、マリアには良く分からない。そうですか、と投げやりに答えておいた。
「貴方様も明日は早いですから、お休みしましょう」
「まだ話している」
「もう切ってしまいました。そんなに怒らないでください」
「怒ってない。惜しんでる」
 レイフは髪を梳き続けている。あまりにもしつこいので、マリアはレイフの手をぺし、と叩いた。
「女々しいですよ。ほら、寝ましょう」
「…………」
「レイフ様」
「少し、出てくる。先に休みなさい」
「え?」
 マリアが待ってと言う前に、レイフはさっさと部屋を出て行ってしまった。
 あまりに唐突で、意図が分からず立ち尽くした。
 
 少しして戻ってきた。マリアは立って待っていた。
「旦那さま?どうなさったのですか?」
「いや、何でもない。やり残した仕事があったから、そちらを片付けていた」
 そうだったのか。マリアは納得して、寝台に座った。隣にレイフが座る。妙な沈黙が降りる。
「レイフ様?」
「いや、すまない。白状する」
 レイフは手で口元を隠した。耳が真っ赤だった。
「いつも熱を出すまで求めてしまうから、それなら最初からしなければいいと思って、対処すれば落ち着くから、それで我慢していた」
 対処。前も言っていた。マリアは取り敢えず頷いた。
「でも君はますます綺麗になるし、今日なんかそんな香油なんか付けてくるから、…その、」
 そこまで聞いてマリアはやっと察した。マリアは今だと思って、モニカに言われた事を実行しようと、レイフの前に立った。
 あの、と言って裾を持ち上げる。
「あ、あの…足にも香油を塗ってて…それで、その、あの…とても、良い香りがします…」
 緊張が頂点まで達して声がうわずる。でもまだ続きがあった。
「旦那さまの為に、準備しておりました…試してみてくださいますか…?」
 マリアは膝が見える高さまで、裾を持ち上げた。ふわりと漂う色香。薔薇の香り。
 レイフはそこを凝視した。珍しくうろたえて、恐る恐る手を伸ばしたかと思えば、一気に引き寄せられ、二人して寝台になだれ込んだ。




 
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