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 ローレンスは一歳に。ささやかなお祝いをした。一歳になっても一言も話さず、つかまり立ちすらしてくれなかったが、レイフの大丈夫という言葉を信じた。
 はいはいをするようになってから、やんちゃが増した。いつの間にかいなくなるから乳母もバーサもいっときも目を離せなかった。マリアがやって来ると、親と分かるのか手を伸ばして抱きつきたがった。マリアは出来るだけその願いを叶えた。
 逆に何故かレイフを怖がるようになった。大きいから怖いのか、レイフが近づくと泣き出すようになってしまった。
 レイフはあからさまにショックを受けている様子で、その分の埋め合わせをマリアに求めた。頻繁にマリアを抱きしめ、人目を忍んでは唇を重ねた。手のかかる子供が二人いるような気分だったが、嫌じゃなかった。むしろレイフが自分に甘えてくれるのが嬉しかった。

 とはいえレイフはローレンスに嫌われてしまったのが、よほど堪えたらしい。政務を優先していたのを少し緩めて、暇を見つけてはローレンスに会いに行っていた。
 ローレンスに泣かれるのが辛いからと、部屋にも入らず扉だけ開けて遠巻きに見ていた。
 それを目撃したマリアは思わず笑ってしまった。周辺国に恐れられる辺境伯も、小さな息子をに恐れをなしているのだ。笑わずにはいられない。
 レイフを一旦無視して部屋に入り、ローレンスを抱き上げる。一言二言声をかけてから、マリアはレイフの前にローレンスを連れて行った。
 泣き出すローレンスにレイフは距離を取ろうとするので、マリアは引き止める。
「旦那さま、抱っこしてあげて」
「…駄目だ。可哀想だ」
「旦那さまが一番上手なんですから、抱っこしてあげたら泣き止みます」
 そう言って強引に引き渡す。レイフはためらいながらも受け取って、息子をあやす。しばらく大泣きだったローレンスは次第に落ち着いて、やがて眠りについた。
「ローレンスはちゃんとお父さんを覚えてますよ。構ってくれなくてすねたのかもしれませんね」
 レイフは眠る息子を見下ろす。心底安堵した顔をしていた。


 王都へご機嫌伺いに行くという。ローレンスがまだ幼いのと、周辺国への警戒のため、マリアは領地に残ることに。
 馬車に乗りこむまえ、見送りの場で、レイフは使用人たちの前でマリアにキスをした。舌を絡ませるキスだったので、マリアは恥ずかしくて仕方がなかった。
「…長く邸を空けるから、またローレンスに忘れられてしまうな」
 耳元で囁かれる。マリアの後ろには、乳母がローレンスを抱いて待機していた。
「ちゃんと伝えておけば、分かってもらえます」
 レイフはローレンスを呼んだ。乳母から引き取って抱き上げると、マリアと同じように耳元で囁いていた。ローレンスはしっかりレイフの服を掴んで、離れようとしなかった。
 それを乳母が無理やり引き離したものだから、ローレンスは大泣き。レイフは後ろ髪を引かれる、と言った名残惜しい顔をして馬車に乗り込んだ。

 レイフがいないのが寂しいのか、ローレンスはマリアに執着するようになった。マリアに抱きついて、絶対に離れようとしない。服でも髪でも皮膚でもお構いなしにしっかり掴んでくるから、マリアは痛みに耐えながら、ローレンスをあやした。
 ローレンスの甘え方はレイフにそっくりだった。顔付きも似てきて、小さなレイフだった。
 離してくれないから、一日中一緒に過ごした。マリアの胸がお気に入りなのか、母乳を飲まずとも乳を咥えていたがった。あまり癖になってはいけないと、おしゃぶりを咥えさせようとするが、ローレンスは嫌がった。マリアはごめんね、と抱きしめる。
「お父さまいなくて寂しいのね。私もですよ」
 ローレンスは、うー、と、うなった。マリアの胸をがしがし噛み始めた。

 レイフがいないからと言って、マリアが出来ることはそうなかった。日々届けられる手紙を日付順に並べておいたり、重要そうな案件は副官と相談して鳩を飛ばしたりした。それくらいだった。
 ある日、届いた手紙に目を通していると、一つの封筒が目についた。
 マリアは、それがそこにあるのが信じられなかった。
 封筒を取り上げた手は震えていた。一緒に手紙を選別している副官が怪訝そうな顔をする。
「どうかされましたか?」
「いえ…この手紙は私宛てのようですから貰っておきます」
 マリアは適当な言い訳を言って自室に戻った。持ってきた手紙の封を開ける。それに目を通して、マリアは息が止まりそうなほど動揺した。

 レイフ帰宅。ローレンスとお出迎えした。馬車が止まるなり降りてきて一目散にマリアに抱きついた。マリアはローレンスを抱いていたから、挟まれて苦しいのか大泣きし始めた。レイフは驚いて身体を離し、おろおろしながら何回も謝った。マリアもお父さまが帰ってきたと伝えるが、全く泣き止む気配がない。二人してローレンスのご機嫌を取ろうと必死になった。

 なんとかなだめ終えて、自室で二人きりになる。レイフは王都で誂えたという真珠のネックレスをプレゼントしてくれた。粒が揃っていて、艶もあり、一目で高級品だと分かった。
「こんな高価なもの…私にはもったいないです」
 レイフは構わずにマリアに取り付けた。マリアの髪を一房手に取って口づけする。
「よく似合っている」
「…ありがとうございます」
「留守中、何かあったか」
 マリアは直ぐにでも言いたかった。あの手紙を見せて問い詰めたかったが、こんなにレイフは自分を大切にしてくれている。彼の好意が嘘とは思えなかったし、今、自分たちは全てが上手く進んでいる。この状態を壊したくなかった。
「──いいえ、特には。ご政務は副官にお任せしております。呼びましょうか」
「いや、後で行く」
 レイフはマリアを強く抱きしめた。マリアも背中に手を回す。

 夜、共に眠りながら、マリアは考えていた。
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