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新たな始まり①

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「──よぉ、起きたか」

 目を覚ますと、男の顔が飛び込んできた。グレンは手を伸ばしたまま固まる。長い間呼吸をしていなかったのか、息が苦しかった。

 男はこちらを覗き込んでいた。その背後は青空で、ここが外なのだと気づく。草木を揺らす風の音。立ち昇る土の匂い。まるで草原にいるかのようだ。

 男がグレンの手を取って引っ張り上げる。上体を起こしたグレンは、まともな思考が出来なくなっていた。
  
 見える景色は、まさに草原だった。小高い丘に自分はいて、今の今まで気を失っていたらしい。
 自分に声をかけてきた男には見覚えがあった。特徴のある浅黒い肌に、いつも冷笑していたあの男はだが、それにしては幼い。

 何が何だか分からない。呼吸が苦しいのもあって、グレンは頭痛がして頭を押さえる。

「綺麗な所だろ?どこだか分かるか?」

 無神経に男が言う。無視していると、男はグレンの頭を掴んで無理やり上へ向けさせた。

「俺が分かるか?」
「…いや」
「だがコイツだなとは思ってるだろ?言ってみろ」

 見透かされたような物言いには、思い当たる人物は一人しかいない。

「エイドス…ナセル王……」

 男はニッと笑う。

「ご名答」
「まさか…」
「まぁその感想は妥当だよな」
「俺は…死んだのか…?ここは…死後の世界か…?」

 エイドスだという男はグレンの頭から手を離して、からからと笑った。

「ははっ、俺とお前じゃ行き着く場所が違う」
「生きてるのか…?ならその姿は何なんだ。どうして幼くなってる」
「それはお前も一緒だ」

 指を差されて、グレンは自分の手を見る。見慣れた手がいつもより小さく感じた。
 呼吸が次第に落ち着いてくる。冷静に周りを見れるようになってくるが、広がる草原の小川以外には何もない。降り注ぐ陽射しは柔らかく、春または夏にかけての季節のようだ。

「ナセル王…これは」
「今の時点では王じゃない。ただの第二王子だ」
「…何が起こってる?これは一体」
「その前に話がしたい。ソフィア…アニーはどうなった」

 暗闇の光景が浮かぶ。白い靴を思い出して、グレンは胸を押さえた。幸せになるはずだった。幸せになれたと思ったのに。彼女はそれが罪であるかのように一人で消えてしまった。

「…まぁいい」またも見透かされたようにエイドスが呟く。「こうなったのも女神の導きだと思えば、合点がいく」
「女神?」
「教えてやろう。今はディアナ暦千年だ」 

 グレンは目を見張った。ディアナ暦千年といえば、今から七年前のことになる。千年という、きりのいい数字にその年は様々な催しが開催された。当時から蚊帳の外だったグレンには関係のない話だったが。

「我々は時を遡った。もう一度やり直せと女神は仰せらしい」
「さかのぼった…?」
「会わせたい奴がいる。来い」

 強引に腕を引かれ、連れられる。困惑していて、まだ何もかも呑み込めない。時を遡ったと言われても、すんなり納得出来ない。こちらは彼女の悲しい末路に傷ついているのに。そこまで考えて、ふとよぎる。

「アニーは?」

 時を遡ったのなら当然彼女も生きている。聞くと、エイドスは、ああ、と返事をした。

「物事には順序がある。先に俺の用事を済ませてから会いに行くといい」
「今会いたいんだ」
「では聞くが、彼女はお前の元にいて、幸せだったか?」
「そう努めたし、彼女からも与えてくれた」
「躊躇なく言えるんなら手放した甲斐かいがあった」

 エイドスが手を離す。指差した方向には、遠くの丘に立つ白い屋敷が見えた。

「あそこは王族所有の屋敷だ。元々は静養の為の別荘だったそうだが、今は王太子しか使う者がいないそうだ」

 それから別の方向にも指を指した。木の下には二頭の馬がくくりつけられている。

「馬に乗って屋敷へ向かう。待たせてる奴は短気でな。今頃だろうな」

 喉の奥でくつくつ笑いながら、馬へ向かっていく。その短気だという者に、グレンは心当たりが無かった。



 だが屋敷に着いて実際に会ってみると、グレンはその男を知っていた。

「遅い!貴様は使いも満足に出来ないのか!」

 待ちきれずにエントランスまで出てきていた男は、クインツ国王レイナルドだった。




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