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③
しおりを挟むモリスの言うとおり、教会は小さく可愛らしかった。木目が見える板張りで、ディアナ教会であることを示す塔がちゃんと付いていた。中に入ると意外に広い。礼拝するためのベンチが並び、最奥に女神像が安置されている。天井の小さな小窓から差し込む光で、女神像だけが照らされて荘厳さを演出している。内部の装飾は全く無く、女神像だけの為に建てられたようにも見える。
モリスを入口付近で控えてさせて、グレンに手を引かれて女神像の前へ。天を仰ぐ女神像。何度見ても泣いているよう。アニーはグレンの手から離れて先に膝をつく。目を閉じ、祈りの言葉を呟くと、隣でも同じ言葉が聞こえてきた。紡がれる言葉は、言葉にした途端に消え去って、でも記憶には残る。アニーはグレンの声に耳を傾けた。
祈りを終えて、グレンに支えられて立ち上がる。見上げると、彼もこちらを見下ろしていた。目が合うと自然と笑いがこみ上げた。この人と一緒になる。そんな実感が急に湧いて、自覚するともう止められない。この人と一生を添い遂げる。確信があった。
「貴女を愛している」
「私もです」
「私と結婚して欲しい」
アニーは片眉を上げた。
「欲しいではなく、して下さいでしょう?」
「どちらも一緒だ」
「私は一生言いますよ。グレンは結婚して欲しいと言ったって」
「一緒だろう。何が違うのか教えてくれ」
彼に背を向ける。すると後ろから抱きしめられる。
「教えてくれ」
「欲しい、だと私の気持ちに疑いがあるみたいです。下さいなら、疑いがありません」
「そういうものかな」
「そういうものです」
手を取られて、指輪を撫でられる。反射して眩しい。
「アニー、こっち向いてくれ」
言われた通りに向き直る。手は繋がったまま。グレンは片膝をついた。
「私と結婚して下さい」
綺麗な瞳に、吸い込まれそうになる。アニーはその瞳に見とれていた。
「返事をしてくれ」
もちろん、そんなのは決まっている。アニーはグレンだけに聞こえるように、自分の思いを伝えた。
指輪も決まり、ドレスも決まり、日取りも決まった。後はその日が来るのを待つばかり。アニーは幸せの中にいた。
小屋に戻ると、いつもの生活が始まる。でも全てが違った。こんなに全ての物が美しく見えるのは、自分の気持ちが変わったからだろうか。
一ヶ月もすれば彼の妻となる。こんなに待ち遠しいことはなかった。何度もダイヤの指輪を見ては、もう一つ嵌めることになる指輪を想像してみた‥早くその日が来てほしくて、アニーは毎日早く眠ることにした。後からベッドに入ってくるグレンが呆れるくらいには、早すぎる時間だった。
「アニー、もう少し起きてないと。いくらなんでも早すぎる」
肩を叩かれ起こされる。アニーもさすがに早すぎて眠れずにいた。目を開けて、毛布を口元まで引っ張り上げる。
「私だけ楽しみみたい」
「式の話か?」
「それしかないもの」
「もちろん浮かれてる」
「嘘。全然そんな顔してないわ」
仏頂面で、いつも通りに見える。はしゃぐような人ではないのは分かっているが、少しくらいはそういう場面を見てみたかった。
「浮かれてる顔を見せてくださいな」
「顔に出ないタイプなんだ。許せ」
「なら態度で見せてください」
グレンは少し考えるように動きを止めたあと、アニーの毛布を取って背中を支えて起き上がらせた。
「立ってくれ」
言われた通りに立ち上がる。グレンはアニーの脇を掬って宙に浮かせると、くるくると回りだした。
「ちょ、ちょっとグレン」
二三回、回り終えると、グレンはそっとアニーを降ろした。さすがのアニーもこれにはポカンとしてしまった。
「どうだ?」
「どうって?」
「伝わったか?」
グレンはやはり真面目に聞いてくる。どれだけ浮かれているかを態度で示せとは言った。恋人を浮かせとは言ってない。どんな風に態度で見せてくるのかと思ったら予想外の行動で、アニーは反応出来なかった。
何を勘違いしたのかグレンはまた持ち上げて回り始めた。さっきよりもたくさん、ずっと回っているから、アニーはどんどん目が回ってきた。
「グ、グレン…!降ろして!」
止まろうとして止まりきれなかったのか、グレンは足を滑らす。落ちかかったアニーをグレンが抱きとめるが、そのまま倒れ込む。
「きゃっ…!」
衝撃を覚悟したが、倒れ込んだ先はベッドだった。ボン、と柔らかな衝撃があったかと思えば、ガン、と大きな音がした。
「なんの音?」
起き上がると、隣のグレンが頭を押さえていた。位置からして壁に頭をぶつけたらしい。悶絶して痛そうに耐えているグレンを見て、思わずアニーは笑ってしまった。
「あははっ!馬鹿なことするからよ!」
「…ものすごく痛い…」
「もう!どの辺りぶつけたの?ここ?」
「触らないでくれ。痛いんだ」
アニーはいたずらっ子のように微笑む。またグレンの頭に手を延ばしたので彼は逃げるように起き上がった。
「止めてくれ」
「確認するだけよ。見せて」
「大したことない」
「ものすごく痛いって言ってたくせに」
頭に触れようとするのを、グレンは腕を掴んで制する。アニーも負けじと力を込めて、二人はベッドの上で組み合う。
「見せて!腫れてたら冷やさないと!」
「自分で出来る!手を離してくれ」
「嫌です。私が最初に言ったんだもの。勝手にぶつけたのはグレンだけど」
「嫌だ。恥ずかしいだろ」
「強情なんだから!」
アニーはグレンの上に乗りだそうとする。グレンは驚いて抵抗する。
「女性がそんなことするな!」
「見せてくれれば止めます!」
「強情だな!」
「貴方もでしょう!」
ベッドが激しく軋む。構わずに二人はじゃれ合っていた。
上で二人がはしゃいでいるのをモリスは一階で聞いていた。式まで後少し。浮かれるのも無理はない。自分たちもそうだった。早くに死んだ妻を思い出しながら、一人眠り支度を始めた。
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