上 下
85 / 90

しおりを挟む

 モリスの言うとおり、教会は小さく可愛らしかった。木目が見える板張りで、ディアナ教会であることを示す塔がちゃんと付いていた。中に入ると意外に広い。礼拝するためのベンチが並び、最奥に女神像が安置されている。天井の小さな小窓から差し込む光で、女神像だけが照らされて荘厳さを演出している。内部の装飾は全く無く、女神像だけの為に建てられたようにも見える。

 モリスを入口付近で控えてさせて、グレンに手を引かれて女神像の前へ。天を仰ぐ女神像。何度見ても泣いているよう。アニーはグレンの手から離れて先に膝をつく。目を閉じ、祈りの言葉を呟くと、隣でも同じ言葉が聞こえてきた。つむがれる言葉は、言葉にした途端に消え去って、でも記憶には残る。アニーはグレンの声に耳を傾けた。

 祈りを終えて、グレンに支えられて立ち上がる。見上げると、彼もこちらを見下ろしていた。目が合うと自然と笑いがこみ上げた。この人と一緒になる。そんな実感が急に湧いて、自覚するともう止められない。この人と一生を添い遂げる。確信があった。

「貴女を愛している」
「私もです」
「私と結婚して欲しい」

 アニーは片眉を上げた。

「欲しいではなく、して下さいでしょう?」
「どちらも一緒だ」
「私は一生言いますよ。グレンは結婚して欲しいと言ったって」
「一緒だろう。何が違うのか教えてくれ」

 彼に背を向ける。すると後ろから抱きしめられる。

「教えてくれ」
「欲しい、だと私の気持ちに疑いがあるみたいです。下さいなら、疑いがありません」
「そういうものかな」
「そういうものです」

 手を取られて、指輪を撫でられる。反射して眩しい。

「アニー、こっち向いてくれ」

 言われた通りに向き直る。手は繋がったまま。グレンは片膝をついた。

「私と結婚して下さい」

 綺麗な瞳に、吸い込まれそうになる。アニーはその瞳に見とれていた。
 
「返事をしてくれ」

 もちろん、そんなのは決まっている。アニーはグレンだけに聞こえるように、自分の思いを伝えた。




 
 指輪も決まり、ドレスも決まり、日取りも決まった。後はその日が来るのを待つばかり。アニーは幸せの中にいた。

 小屋に戻ると、いつもの生活が始まる。でも全てが違った。こんなに全ての物が美しく見えるのは、自分の気持ちが変わったからだろうか。

 一ヶ月もすれば彼の妻となる。こんなに待ち遠しいことはなかった。何度もダイヤの指輪を見ては、もう一つめることになる指輪を想像してみた‥早くその日が来てほしくて、アニーは毎日早く眠ることにした。後からベッドに入ってくるグレンが呆れるくらいには、早すぎる時間だった。
 
「アニー、もう少し起きてないと。いくらなんでも早すぎる」

 肩を叩かれ起こされる。アニーもさすがに早すぎて眠れずにいた。目を開けて、毛布を口元まで引っ張り上げる。

「私だけ楽しみみたい」
「式の話か?」
「それしかないもの」
「もちろん浮かれてる」
「嘘。全然そんな顔してないわ」

 仏頂面で、いつも通りに見える。はしゃぐような人ではないのは分かっているが、少しくらいはそういう場面を見てみたかった。
 
「浮かれてる顔を見せてくださいな」
「顔に出ないタイプなんだ。許せ」
「なら態度で見せてください」

 グレンは少し考えるように動きを止めたあと、アニーの毛布を取って背中を支えて起き上がらせた。

「立ってくれ」

 言われた通りに立ち上がる。グレンはアニーの脇をすくって宙に浮かせると、くるくると回りだした。

「ちょ、ちょっとグレン」

 二三回、回り終えると、グレンはそっとアニーを降ろした。さすがのアニーもこれにはポカンとしてしまった。
 
「どうだ?」
「どうって?」
「伝わったか?」

 グレンはやはり真面目に聞いてくる。どれだけ浮かれているかを態度で示せとは言った。恋人を浮かせとは言ってない。どんな風に態度で見せてくるのかと思ったら予想外の行動で、アニーは反応出来なかった。

 何を勘違いしたのかグレンはまた持ち上げて回り始めた。さっきよりもたくさん、ずっと回っているから、アニーはどんどん目が回ってきた。

「グ、グレン…!降ろして!」

 止まろうとして止まりきれなかったのか、グレンは足を滑らす。落ちかかったアニーをグレンが抱きとめるが、そのまま倒れ込む。

「きゃっ…!」

 衝撃を覚悟したが、倒れ込んだ先はベッドだった。ボン、と柔らかな衝撃があったかと思えば、ガン、と大きな音がした。

「なんの音?」

 起き上がると、隣のグレンが頭を押さえていた。位置からして壁に頭をぶつけたらしい。悶絶して痛そうに耐えているグレンを見て、思わずアニーは笑ってしまった。

「あははっ!馬鹿なことするからよ!」
「…ものすごく痛い…」
「もう!どの辺りぶつけたの?ここ?」
「触らないでくれ。痛いんだ」

 アニーはいたずらっ子のように微笑む。またグレンの頭に手を延ばしたので彼は逃げるように起き上がった。

「止めてくれ」
「確認するだけよ。見せて」
「大したことない」
「ものすごく痛いって言ってたくせに」

 頭に触れようとするのを、グレンは腕を掴んで制する。アニーも負けじと力を込めて、二人はベッドの上で組み合う。

「見せて!腫れてたら冷やさないと!」
「自分で出来る!手を離してくれ」
「嫌です。私が最初に言ったんだもの。勝手にぶつけたのはグレンだけど」
「嫌だ。恥ずかしいだろ」
「強情なんだから!」

 アニーはグレンの上に乗りだそうとする。グレンは驚いて抵抗する。

「女性がそんなことするな!」
「見せてくれれば止めます!」
「強情だな!」
「貴方もでしょう!」

 ベッドが激しくきしむ。構わずに二人はじゃれ合っていた。




 
 上で二人がはしゃいでいるのをモリスは一階で聞いていた。式まで後少し。浮かれるのも無理はない。自分たちもそうだった。早くに死んだ妻を思い出しながら、一人眠り支度を始めた。


しおりを挟む
感想 110

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

処理中です...