上 下
84 / 90

しおりを挟む

 やって来たのは宝石商だった。一階で出迎える。結婚指輪と言うと、宝石商は快く箱から金と銀の指輪のサンプルを見せてくれた。

「紋章を教えていただければ、その通りにあつらえます」
「必要ない。お互いの名前を内側に彫ってくれ」
「では表はどうされますか?」
「アニー、どれがいい?」

 箱のサンプルを見てみる。どれも豪華な装飾で、アニーは目移りして選べなかった。

「あまり派手なのは好みません。無くてもいいくらい」
「ならそうしよう。名前だけでいい」

 あっさり決まって、もう終わるのだろうと思っていたら、グレンはもう一つ指輪を要求した。

「ダイヤを出してくれ」

 宝石商は勿論という顔でもう一つの箱を開けた。きらびやかな光にアニーは目を細める。

「私いりませんよ」
「そんなこと言わないでくれ。サイズが合うものを今買うから、式を挙げるまでの婚約指輪としたい」
「邪魔になります。マーサが傷つくかも」

 食い下がると、グレンは箱の中から一つを取り出して、アニーの手を取った。

「ナセルの中庭で再会したときのこと、覚えてるか?」

 もちろん覚えている。あの時、グレンに関する記憶は全く無くて、彼は顔を隠していたから怖い人に見えたのを覚えている。
 その後の自分が引き起こした惨劇までも思い出してしまうから、アニーにはあまり良い記憶ではなかった。

「あの時の貴女は着飾っていて、髪にナセルの星を付けていて、それが光って印象的で、とても美しかった。身勝手だとは分かっているが、俺のわがままだ。付き合ってくれ」

 左手の薬指を撫でられる。指輪がめられて、なんだか違和感があった。これから毎日、指輪をつけたなら慣れていくのだろう。

 ダイヤの指輪。キラリと光って、光るたび、嬉しさが込み上げてくる。嬉しい。素直な気持ちを素直に伝えてみる。彼は指輪ごと手を包み込んで、目を細めた。


 
 指輪を何度も眺めていると、次は仕立て屋がやって来た。グレンとアニーの服の採寸をして、お互いが着る結婚衣装を選んで、二人ともシンプルな、装飾の少ないものになった。

「いつ頃、出来上がる?」

 仮縫いをして、採寸し直して、仕上げるまで一ヶ月かかるという。そんなにかかるのかとアニーは思った。

「意外に早いな」

 と、グレンは言った。アニーは仕立て屋で服をあつらえた経験が無い。記憶が無いだけなのだろうが、直ぐに出来上がるものと思っていた。

「これで早いの?」
「普通の服なら遅い。式のドレスなら早い。シンプルにしたとはいえ、刺繍にも時間がかかるだろうし、一ヶ月は十分に早い」
「なら式も一ヶ月後ですね」
「そうなるな」
「待ち遠しいですね」

 グレンは、にっと笑った。

「さ、次は教会だが、昼からでいいだろう。何か食べよう」

 宝石商と仕立て屋で、半日を使っていた。モリスは二階に上がったきり降りてくる気配が無い。

「モリスさん、体調悪いのかしら」
「かもな。でも昼飯は食べるだろ。宿屋の主人に頼んでくる」

 外へと出ていく。隣の建物に女主人は待機している。グレンが頼みに行っている間に、アニーはモリスの様子を見に行った。


 
 
 テーブルを囲んで三人で昼食を取る。昼から教会に行くと言うと、同行するとモリスは言った。

「小さいですがれっきとしたディアナ教の教会です。私が言うのもなんですが、可愛らしい教会でしたよ」

 ディアナ教、そう聞くとアニーの中では漠然とした不安が襲う。いつの間にか植え付けられていた本能のように、恐れを抱く。アニーは全ての記憶を思い出した訳ではなかった。グレンと過ごした断片を思い出しただけ。恐れを抱くのはきっと、失われた記憶のどこからかに起因するのだろう。

 そんなことなど知らないモリスの提案を、グレンは良しとしなかった。

「女神は我々を許しはしないだろう。ディアナ教の教会でない所を使わせてもらおう」
「何言ってるんですか。お二人が再会出来たのは女神の導きですよ。女神に感謝するために、女神の教会で式を挙げるべきです」

 モリスは両手を振る。説得しようとしてなのだろうが、少し子供っぽい。

「それにここでディアナ教を無視したら余計、女神の怒りを買うのでは?」
「神は人智を超えた存在。人間が測れるものではない」
「どうなるか分からないとはっきりおっしゃって下さい」

 モリスが今度はアニーに聞く。

「アニーさんも反対ですか?」
「分からない。でも、怖い」

 食べる手を止める。胸一杯に不安が広がっていた。指に光る指輪を見ると、少し和らぐ。

「怯え続けるのも疲れるだろう」

 グレンが言う。彼も食べるのを止めて、アニーの手に手を重ねた。

「行ってみよう」
「グレン…」
「女神が与えるもの、罰だろうと祝福だろうと一緒に受ける。貴女一人で受ける必要は無い。俺もいる」

 アニーはそこで、彼にプロポーズされている気分になった。愛しているとは言ってくれたが、指輪もドレスも無いから求婚出来ないと言われていた。
 大きな手、安心する。彼に言われると、そうしてみようという気になる。アニーは頷いた。グレンも頷く。
 食事を再開すると、モリスが気になった。皿は既に空になっているのに、スプーンですくい続けている。

「モリスさん?スープおかわりしてもらいますか?」

 聞いてみると、モリスはやっと空になっているのに気づいて、はは、と笑いながら頭をかいた。

「もう年みたいで、ボケてしまいました」
「お疲れなら、やはり休んでは?」
「あー…いえ。外に出ないとますますボケてしまいますから」

 モリスは先に立ち上がった。準備をしてきますと言って二階へ上がっていった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」

まほりろ
恋愛
【完結しました】 アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。 だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。 気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。 「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」 アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。 敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。 アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。 前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。 ☆ ※ざまぁ有り(死ネタ有り) ※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。 ※ヒロインのパパは味方です。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。 ※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。 2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

処理中です...