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解放の日①

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 エイドスは教会にいた。三つの棺桶が並べられている地下室で、小椅子に座り顔を伏せていた。
 地下室の扉が開く音、顔を上げる気力も無かった。

「──エイドス」

 ダンカンの声だ。あの騒ぎの中、ソフィアによる拘束が解けたダンカンは、真っ先にエイドスの元へ駆け付け、指示を仰いだ。いつソフィアに殺されるかも分からない危険があったのにも関わらずだ。半ば放心状態だったエイドスを叱責したのもダンカンだ。彼がいなければ無様な姿を晒し続けていたかもしれない。ゆっくり体を起こすと、よほど酷い顔をしていたのだろう。ダンカンは肩をすくめた。

「陛下と呼ぶべきかな」

 今となっては、全く望まなかった。兄の子供が王になるべきだが、まだ幼すぎる。エイドスが王にならざるを得ない状況だった。

「……彼女はどうしてる」
「大人しくしてる。ラジュリーの者といるから、怯えてた」

 金の瞳の力を抑え込めるのは、同じ金の瞳のみ。ひとまずグレンがソフィアの傍にいて、二人は宮殿の奥深くの部屋に閉じ込められ、外部との中継ぎが出来るのは彼のみだった。

「…俺が愚かだった。彼女は沈んだまま、あのまま死なせてやるべきだった」

 水の底で誰にも見つからずにいたら、目覚める事はなく、朽ちていけたかもしれない。そうすれば彼女は人を殺めることはなかった。殺させたのは、他ならぬ自分だ。

「エイドス、誰がどう言おうがお前しか王になれない。こんな所にいないで、早く即位するんだ」
「レイナルド王のように国を荒廃させるかもしれない」
「どんなに期待されようがされまいが、やるしかない。エイドス、切り替えろ。ほら立てよ」

 少なくとも、仲間の言葉に耳を貸せる自分はレイナルドよりマシだろう。そして、エイドスの為に尽くしてくれる仲間がいることは、どんな黄金にも勝る。あの惨劇を一生引きずりながらでも、王を完遂しなければならない。でなければ彼女が殺した意味がなくなる。
 ダンカンの手に助けられて立ち上がる。背中を叩かれ、地上へ上がった。




 
 部屋に押し込められて、もう深夜になる。回廊で奇跡の再会を果たして半日経つ。こんな結果になるとは予想だにしなかった。

 彼女は何もかも変質していた。変わり果てた姿に、ああなるまでに何があったのか、グレンが知る術は無い。ただ筆舌に尽くし難い経験を経たことは容易に想像出来た。

 自分の金の瞳が、彼女の力を抑え込むこんな能力を秘めていたとは全く知らなかった。ただ視界がブレて見えるだけの、忌み嫌われるだけの、邪魔な物としか思っていなかった。

 その彼女は、居心地悪そうに部屋の隅の小椅子に座っている。食事も手を付けず、休むように言っても座り続けている。グレンは監視の為に見張る必要があり、彼女から目を離せない。出来るだけ怯えさせないように、対角の椅子に座り距離を取る。仕方ない事とはいえ、この状況が一晩中続くのは、グレンにとっても居心地が悪かった。

「──もう一度言うが」

 アニーはあからさまに体を震わせて、うつむく。グレンも言いたくないが、言わなければならない。

「そろそろ休んでくれ。俺も休めない」

 可哀想なほど肩を震わせる姿に、哀れみが増す。グレンは足を組み直した。
 
 こういう時、芸の無い自分が嫌になる。面白味のある人間ならば、こんな状況でも、何かしらの技を披露して彼女の機嫌を取れたろうに。

 あの娼館で、静かに本を読んだ日が懐かしい。記憶を失って、屋敷で詩の朗読をした日が、もう何年も前のことのように思えた。

「花が散る頃には、あなたと種を植えましょう──」

 昔を思い出してボールロールの一節を呟いてしまう。ほとんど独り言で、聞かせるつもりはなかった。

 声は届かなかったらしい。彼女の反応は無い。聞こえていたとしても、記憶のない彼女には理解出来ないだろう。もしかしたらという淡い思いが、グレンにらしくない行動をさせてしまったのかもしれない。沈黙が続く。長い夜になりそうだ。




 監禁状態は三日続いた。初日は耐えていたアニーも、二日三日経つと座り続けていられず、気絶するように眠りについた。食事は相変わらず食べてくれず、そろそろ強制的に食べさせたほうがいいかもしれないが、時々エイドスの名を恋しそうに呼ばれると、こちらも傷ついてなかなか踏み切れなかった。

 扉を叩く音。グレンは直ぐには開けずに、用件を聞いた。
 
 声の主はエイドスだった。中に入れろと言う。グレンは直ぐに扉を開けた。

 三日ぶりに会うエイドスは、目に隈があり、やつれていた。王と王妃、第一王子が死に、その混乱ぶりは手に取るように分かった。収拾の目処がついたのか、時間が取れたのか、少し扉を開けた途端に、押し入るように強引に入ってきた。急いでいるらしい。

「ソフィアは?」
「眠っている」

 ソフィアという名前にどうしても慣れない。アンが本当の名だというのを聞いても、グレンの中ではアニーという名前が一番馴染んだ。

 エイドスは大股で彼女が眠るベッドへ向う。席を外すべきなのかもしれないが、部屋から出ていいものかも分からない。取り敢えずベッドから離れた小椅子に腰掛けて二人を見守る。

 眠るアニーの頬にエイドスが触れる。皮肉めいた顔をする彼も、この時ばかりは優しげに見下ろしていた。

「ソフィア、起きろ」
「…………エイドス様…?」

 目を覚ましたアニーが腕を伸ばす。首に抱きついて、エイドスにキスするのを目撃してからは、グレンは壁に体を向けた。

「エイドス様…!お会いしたかった…!」
「やつれたな」
「エイドス様こそ、お痩せになりました」
「何も食べていないと聞いた。水くらいは飲め…ほら」

 用意されていた水差しを注いだのだろう。グレンも散々言ったが、かたくなに飲もうとしてくれなかった。

「…ありがとうございます」
「話がある。聞いてくれ」
「勿論です」

 とは言ったものの、エイドスは中々話し出さなかった。アニーが尋ねて、やっと口を開いた。

「俺は王になった。もうお前は必要ない。ここから出ていけ」




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