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全てが終わるとき②
しおりを挟む叫び声が止む。不自然な静寂に、エイドスは周りを見回す。
誰もが動かなかった。時が止まったかのように停止して、だが目の前にいる王の瞳はせわしなく動く。動けないまま意識があるのだと、場違いに気づくと、王の目と口から血が流れ出した。
「エイドス様がナセル国王です」
死刑執行のような言葉だった。やがて苦しみの声を出し始めた王が、拘束から解かれたかのように倒れ込み、喉を掻きむしりながら悶え始める。エイドスは駆け寄って抱き起こした。
「止めろソフィア!殺さないでくれ!」
やっと言えたときには既に遅かった。苦悶の顔のまま、王の手がパタリと落ちる。
血は流れ続け、絶命していた。いともたやすく国の王が死ぬなど。これが今本当に起こっていることなのか。この腕の重さが夢であるわけがない。
他のうめき声が聞こえる。見れば、王妃と王太子も同じように倒れ、血を流し、苦しんでいた。
「母上…!兄上…!」
殺してやりたいほど憎んでいた。だが、こんなやり方は望んでいなかった。
「止めろ…!止めてくれ!」
うめき声は直ぐに聞こえなくなった。エイドスは目を強く閉じた。
「おめでとうございます」
残酷な言葉がエイドスを貫く。見上げると、ソフィアは本当に嬉しそうに笑っていた。
「エイドス様がナセル王ですよ。ふふ、お呼びするの恥ずかしい」
「…どうして殺した」
「仰っていたじゃありませんか。陛下と王太子が死ねば王になれると。それに王妃も嫌いだと」
「それで殺したのか…」
「邪魔者は殺しておくに限ります」
ソフィアの言葉とは思えなかった。間違いなく彼女の口から出た言葉だった。
「俺は…お前に何もしてもらうつもりは無かった。ただ傍にいてさえくれたらそれで…」
「夫をお助けするのが妻の役目です」
「違う!俺は!…自分の力で王になりたかった。王位争いをして、兄を追い落として、母に見せつけたかった。俺が王となった姿を見せて、母に復讐したかったのに…」
血で濡れて、王が腕から滑り落ちる。拾い上げる気になれず、亡骸をそのままにうなだれる。
「お前は全てを台無しにした。こんなことになるなら連れてくるんじゃなかった」
「次は誰を殺しますか?」
もはや言葉も通じなくなった。これが自分への罰だと自覚する。自嘲してエイドスはゆっくり立ち上がった。今日の謁見の為に誂えた白の軍服は、王の血で真っ赤に染まっていた。
「誰も殺すな。もう邪魔する者はいない」
「あ、では」
ソフィアは両手を叩いて近くにいた衛兵に視線を送った。
「この者はエイドス様の邪魔をしようとなさいましたから、殺しておきますね」
「駄目だ!」
止める間もない。金の瞳の力で、衛兵は苦しみ口から血を流す。
死にゆく衛兵に対して、エイドスは何も出来ない。この場にいる者たちはソフィアの力で動けず、逃げることも出来ない。殺されるか殺されないかは、ソフィア次第だった。まさに女神による蹂躙だった。
苦しむ衛兵の前に、突如として立ちはだかる人物が現れる。それはエイドスも知る者だった。
「──アニー!」
グレンだった。この騒ぎに紛れて謁見の間に来ていたらしい。
「アニー!目を覚ませ!貴女はこんなことをする人ではない!」
今のソフィアにとって、グレンはさっき会ったばかりだ。それまでの記憶は失われている。
だがグレンは引かない。ソフィアに歩み寄ると、彼女の顔を掬い上げた。
「アニー!」
無理やり顔を触れられ、ソフィアの微笑が揺らぐ。
「…邪魔をしないで」
「死なせてはいけない」
「邪魔をするなら、貴方も殺します」
「やればいい。私が死ねば、貴女が人を殺す様を見なくて済む」
金の瞳がグレンを貫く。グレンも、他の者と同じ死を迎える筈だった。
しかしそうはならなかった。金の瞳を受けても、グレンは平然としていた。
これにはソフィアも顔色を変えた。死ぬべき者が死なない。予定外の事が起こって、ソフィアは逃げるように一歩引いたが、両手で顔を掴まれた状態では、何の意味もなかった。
「…どうして……?」
「その力が金の瞳によるものなら、私にも同じ物を持っている。…アニー、思い出してくれ。貴女は私を知っている」
「──いや!離して…!」
取り乱し始めたソフィアが、逃れようとグレンの顔を叩く。長い前髪が払われて、顔が露わになる。
エイドスは見逃さなかった。グレンの瞳は、金色に輝いていた。ただの金じゃない。片目に二つの金の瞳孔が重なっていた。
「その瞳は…」
呟きは、どちらの耳にも届いていなかった。完全に二人だけの世界だった。
「アニー」
グレンが呼びかける。力が通用しないからか、ソフィアは怯えている。
「いや…見ないで…」
「怖くない。誰も貴女に危害を加えない」
「…エイドス様!助けて…!」
助けを求める声。何をどう助けろと言うのか。エイドスは縛り付けられたように動けなかった。
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