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かくれんぼ
しおりを挟むささやかなお茶会を終えて、二人の子供はそれぞれにソフィアの腕を引く。王宮内を歩きながら、子供たちはあちこちに顔を向けている。
「王宮は広いね」
ブラッドの言葉にナタリアは同意する。
「こんなところに住めて姉さま幸せね」
「そうね…」
ソフィアの反応に気づいてか、不安そうにブラッドが見上げてくる。
「新しい旦那さまはどんな人?」
「ナセルの方だから、大きい人なの。ちょっと怖い顔をしてるから、あなた達は泣いちゃうかも」
「優しくないの?」
「そんなことは無いですよ」
「私知っているわ!」
声高々にナタリアが言う。
「姉さまを人質にしてこの国を乗っ取ってる悪い奴よ」
「ナタリア…そんなことを言ってはいけませんよ」
「前の人もそう!姉さまを蔑ろにしてあんなブタみたいなのと仲良くしちゃって!あんなのが王さまだったなんて信じられないわ」
「ナタリア!言葉を慎みなさい」
言っても聞かないのが、ナタリアらしいといえばらしいのだが。案の定、ナタリアはそっぽを向く。
今のうちにと思ったのか、ブラッドが手を揺らした。
「姉上、ナセルに行ってしまったら会えなくなりますか?」
「会えなくなるわけではないけど、難しくはなります」
「嫌です!行かないで!」
ナタリアも手を引いてくる。
「せっかく一年ぶりに会えたのに、また何年も会えなくなったら、姉さま私たちのこと忘れてしまうわ」
「忘れませんよ。成長を見られないのは寂しいけど、貴女はきっと美人さんになるわ」
「そういうことを言ってるんじゃないの!私が駄々をこねたってどうにもならないことぐらい分かってる。でもこのままお別れなんて嫌!」
それぞれの二人の手がソフィアを引っ張る。密かに三人の後をついて来ていた乳母が、先回りして扉を開ける。
予定のない誘導に、ソフィアは二人を見下ろす。二人は双子のように微笑んでいる。
「かくれんぼしたいの」
「かくれんぼ?」
「姉上とお遊びして、思い出を作りたいんです」
言われるがまま入った部屋は、家具で溢れかえっていた。大きなキャビネットが進路を塞ぐように立ち並び、化粧台や長椅子なども乱立していた。続きの間から見える部屋も、同じようなしつらえだった。
「これは…?」
「お父さまにお願いしたの!さすが父さま。上々の出来ね」
ナタリアは自慢げに腰に手を当てる。
「これならたくさん遊べるわ」
「もう、貴女もお姉さんでしょ?まだかくれんぼしたいの?」
「ブラッドの提案なの。弟の機嫌も取っておかないとね」
ブラッドが手を離れ、次の間へ走っていく。大声で呼ばれて、そちらへ向かう。
次の間は寝室だった。天蓋付きのベッドの床には、たくさんのクッションが積み重なっていた。この中に小さな子が入ったら窒息してしまいそうだ。
「姉上はここ!」
バン、と大きな音にビクつく。見ればブラッドが大きな木箱を叩いていた。
「ここ…?」
「うん。姉上はここに入ってて」
ナタリアと二人で木箱の蓋を開ける。木製ではあるが、厚みがあるから重そうだ。
「姉上が鬼だよ。ここに入って三十数えたら、僕たちを探しに出てきてね」
「ここに?でも蓋を開けられるかしら」
「蓋しないから大丈夫。姉さまの声聞こえなくなっちゃうもの」ナタリアが言う。「あ、でも耳は塞いでてね。私たちの隠れてる音を聞かれたくないもの」
入ってと促され、ソフィアは少し躊躇いながら、箱の縁を掴んで足を踏み入れる。木箱はソフィアが屈んでちょうど入る大きさだった。
「姉さま三十だからね!」
二人が笑い合いながら駆け出していく。言われた通り耳を塞ぎ、大声で三十数える。
「二十、二十一……」
にしてもいつの間にこんなサプライズをしていたなんて。出立前に父に礼を言っておかないと。あの一件以来、何をしても楽しめなかったが、今日は純粋な子供心に触れられて、久しぶりに心弾む良い日となった。
「──二十九、三十!」
数え終えた途端、ガコン、と蓋が閉まる音がした。
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