上 下
56 / 90

心が離れるとき②

しおりを挟む

 レイナルドは、扉越しに耳をそばだてる。

 ──だめっ…!あぁっ!

 紛うごとなき、あの女の声。艷やかな声を、レイナルドは一度も聞いたことが無かった。殺してやりたいほど憎んでいる女でも、王妃であった頃に自分に見せなかった一面を知って、レイナルドは怒りが湧いてきた。よほど男の薬が効いているのか、部屋に密かに焚いておいた麝香なのか。どちらにしろ、計略は成功している。

 ──っあ、やっ…!やめてっ…!やめてっ!

 じっと聞かなくても聞こえてくる激しい声。レイナルドは扉から耳を離した。そして振り向く。後ろには武装した兵士達が控えていた。

「──目当ての奴らはこの中にいる。男は殺せ。女は、お前らの玩具おもちゃにしていい」

 扉を開ける。色で自分を嵌めたなら、同じ方法でやり返す。その為に催淫剤を飲ませた。これで自分は王に返り咲きだ。王になってから、ゆっくり女をいたぶって殺してやる。それは直ぐに果たされると思っていた。

 扉を開ける。膨らんだシーツを認めて、レイナルドは口端を吊り上げた。

「クインツ国を蹂躙する賊共め!レイナルド王がお前らに天誅を下してや──」

 ───パンッ


 一発の乾いた音が響き渡る。肩に痛みが走る。一瞬間、視界が空白になり、気づけばレイナルドは仰向けに倒れていた。

「………は……?」

 何が起こったのか分からなかった。体を起こそうにも、肩の痛みが強くて動けない。レイナルドは苦痛に顔を歪めた。

「…はっ、あ!い、いたいっ!なんだ…!?」

 コツ、と足音がレイナルドに近づく。顔のすぐ近くに、靴の踵が落ちる。レイナルドは見上げた。

「無様だなぁお前」

 男が満面の笑みで見下ろしていた。この男は、紛れもなく第二王子、エイドスだった。

「な、何でだ!?お前ら!何で動かない!!」

 兵士たちは呼びかけに応じなかった。レイナルドが振り返った時のまま、兵士たちは整然と並んだまま、全く動いていなかった。

「俺が命じているんだぞ!クインツ国王がお前らに…!」
「まだ分からないのか?めでたい頭だな」
「け、計画は…!」
「計画?ああ、うまく行った」

 エイドスが膝をつき顔を近づける。二人だけしか聞こえないように囁く。

「レイナルド元国王に謀反っていう計画がな」

 男の囁きに頭が真っ白になる。馬鹿な。そんな筈は。

「レ、レオン…レオンが」

 この話を持ち出したのは、弟のレオンなのに。レオンが、今のナセル国の支配に嘆いて、もう一度王になって欲しいと言ってきたのに。

「お前の弟は優秀だな。王である自分の地位を盤石とするためには、火種は潰しておく。お前よりも王らしい」
「馬鹿な!アイツは王になどなりたくなかったと!」
「お前を殺す大義名分を得て、レオン国王陛下の反対派を一掃できて、ナセル国の信任も得られるのに、どうしてお前に王になりたくないなどと言う?」

 まさか。騙された…?レオンに?

「だ、だが母も俺に王に…」
「王太后が反戦派だったのを忘れたようだな。今回限りという約束で、協力してもらった」
「嘘だ!嘘だ…!」
「それでも王太后からはお前が誘いに乗らなかったら、命だけは助けるようにと言われていた。ハナからそんなことにはならないと言ってたんだがな。良い母親がいるだけでも幸せだったんだぞお前は」

 かちゃり、と音がする。銃口がこちらに向けられている。レイナルドは半狂乱になって、逃げようとする。が、撃たれた肩を踏まれて、激痛が走る。

「あああ!嫌だ!死にたくない!」

 死にたくない。もう一度言おうとした頃には、視界は真っ黒になっていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」

まほりろ
恋愛
【完結しました】 アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。 だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。 気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。 「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」 アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。 敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。 アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。 前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。 ☆ ※ざまぁ有り(死ネタ有り) ※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。 ※ヒロインのパパは味方です。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。 ※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。 2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

処理中です...