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心が離れるとき①

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 王太后は離宮で療養している。ソフィアとエイドスが見舞いに行くと、天蓋のカーテンが下ろされ、中にいるであろう王太后の姿は見えなかった。

「もう死んだのか?」

 お付きの老女にエイドスがそんなことを言うものだから、ソフィアはひやひやした。いくら何でも本人の前で無礼過ぎる。

 天蓋の傍に控える老女は顔色一つ変えない。胸の辺りで両手を握りしめ、少しうつむいたまま、像のように動かない。

「王太后様は、お休みでございます」

 口も動いていないように見える。ソフィアは少し怖く感じた。

 別のお付きの者が足音もせずに近づいてくる。ちょうどギルくらいの年の子供だろうか。王太后の近くにいるのを許されるだけあって、整った顔立ちをしていた。

 男の子は銀の皿に二つのワイングラスを乗せていた。

「王太后様からです」

 あからさま過ぎて、ソフィアは飲む気になれなかった。が、エイドスは直ぐに飲み干したので、ソフィアはぎょっとした。

「エ、エイドス様」
「美味いぞ。ソフィアも飲むか」

 ソフィアは首を横に振った。するとエイドスは残りのワインも飲み干してしまった。いくらワインが好きだと言っても、敵地とも言えるこんな場所で飲酒など。毒としか思えないのに。

「王太后はいつ起きる」

 心配をよそにエイドスが老女に聞く。老女は下を見たまま答える。

「王太后様はいつも決まった時間にお目覚めになります」
「それはいつだ」
「まもなくかと」
「なら待たせてもらおう」

 老女が頭を下げる。また別の使用人がやって来てこちらへ、と案内を始めた。

 案内された部屋は、寝室だった。一応、テーブルと椅子もあるが簡素なもので、大きなベッドが部屋を占めていた。枕元には香炉が焚かれていた。ソフィアは娼館の二階の部屋を思い出した。

「あの…休むつもりはありませんから、別の部屋は…」

 ソフィアは使用人に尋ねる。しかし他の部屋は用意出来ていないという。

「王太后様がお目覚めになりましてからも、色々と準備がありますから、それまでゆっくりお休みください」

 早口で言い終えると、使用人は引き止める間もなく部屋を出ていった。

 連れてきたロスの他護衛の数人とは、王太后への挨拶の前に引き離されてから、合流出来ていなかった。二人きりとなり、ソフィアは不安を隠せなかった。

「エイドス様…先ほどのワインは、大丈夫でしたか?」

 エイドスは上着を脱ぎ、襟を緩めると、椅子に座った。深く息を吐くのを見て、ソフィアは心配になり近づく。

「エイドス様…?」
「薬だったぞあれ」
「くすり…?まさか。エイドス様ご病気なんですか?」
「そんなわけ無いだろ。あれだ。淫薬」

 聞き慣れない単語に、もう一度問いかける。同じ答えが帰ってくる。ソフィアの知らない言葉だった。

「そのインヤク…というのは何の薬なのですか?」
「お前…本当に何も知らないんだな」
「………?」

 首を傾げるソフィアに、エイドスは笑う。

「媚薬と言えば分かるか」

 ソフィアは絶句した。何か異様な雰囲気を察して彼から少し距離を取る。その通りエイドスは立ち上がると、いとも簡単にソフィアを抱き上げ、ベッドに放った。驚いて身を縮めている間に、エイドスが馬乗りになってくる。その顔は明らかに熱を帯びていた。正気を失っている。ソフィアはゾッとした。

「こ、ここは離宮ですよ!」
「だからするんだろ」
「お、王太后の罠としか思えません!エイドス様…!落ち着いて…!」
「察しが悪いな」

 胸元を撫でられる。逃げたくても逃げられない。

「お前はうるさく鳴いていればいいんだ」

 顔が近づき、喉を噛まれる。ソフィアは悲鳴を上げた。 
 


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