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少年③

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 ドレッサーの鏡を見てみる。三面鏡の鏡は三方向のソフィアの顔を映していて、どれも青白く体調が悪そうに見えた。

「お美しいですよ」

 と言ったのはリビア。髪に香油を塗ってくれている。

「もう少し体力を付けろと殿下が言うんです」
「でしたら、お庭を歩かれてはいかがですか?」
「人に会いたくないんです。この瞳ですから」
「まぁ…お言葉ですが、ソフィア様が金の瞳だとは、王宮内では知れ渡っておりますよ」

 その話は聞いていた。なにせエイドスが言いふらしているものだから、噂好きの貴族たちが知らない訳がなかった。

「私はもうナセルの者です。何をしても反感を買うでしょう。だったらずっと、この部屋にいます」
「そんな悲しいことを言わないでください。ソフィア様がクインツ国をお救いなさったのですよ。ソフィア様をお責めになる者は、何故自分がその地位に留まっていられるのか理解してないのですよ」

 救ったなど、大層な事を言う。話がズレてしまった。体力を付けろという話だったが、人には会いたくない。
 
 式典は午前中には終わる。昼にはエイドスが会いに来てくれる。昼からいつものように部屋にいてもいいが、体力をつけろと言われたのなら、人に会いたくないなどと言っていられない。

 ふと、考える。会いたい人はいる。

「リビア、お昼から街へ降りたいの。準備してくれますか?」
「今日ですか?」
「難しいなら、明日でもいいのだけれど」
「街は危険です。護衛の手配をしませんと」
「ロスで十分です」
「エイドス殿下へお伺いを立てませんと」
「お昼に聞いてみます。許可をいただけたら、外出しましょう」

 リビアは心配そうに見てくる。ソフィアは安心させるように笑いかけた。
 昔から心配症だったが、ソフィアに再び仕えるようになって、ますます拍車がかかったようだ。先日の、オリアーナの件もあるから、リビアが心配するのも仕方ないと言えた。

 

 昼にやって来たエイドスに話をする。エイドスは許可しなかった。

「言うことを聞かないやつだなお前も。休めと言っただろう」
「馬車に乗っているだけですよ」
「行くなとは言わんが今日は駄目だ」

 そう言われては、引き下がるしかない。許可を貰えば直ぐに出る予定だった。待たせていた馬車に今日は出ないと伝えるよう、リビアに視線を送る。リビアは直ぐに知らせに行った。

 エイドスが椅子に座ったのを見計らって、ロスがテーブルに紅茶を置く。ソフィアの前にも置かれて、二つのカップから湯気が出る。猫舌のソフィアは少し冷めるのを待った。対するエイドスは直ぐに口をつけた。苦い顔をする。

「不味い。ロス、お前が入れたんだな」
「リビアさんがお忙しかったので」

 ロスは無表情で答える。ソフィアは彼女が感情を見せるのを見たことがなかった。

「下手くそめ。こんな茶を飲むくらいなら飲まない方がマシだ」
「恐れ入ります」
「違う。『申し訳ありません』だ」

 ナセル国出身のロスは、クインツ国の言葉を話すのが難しい。これだけ話せれば十分だと思えるのだが、エイドスは容赦なく指摘する。
 叱られても、ロスは全く気にしていないように見える。ナセル国の者は皆、浅黒い肌に大きな体、鋭い瞳だった。ロスのような女性でも見上げるような高さだ。慣れないソフィアは少し怖かった。

 怖がっていた少年を思い出す。ソフィアは口を開いた。

「殿下、お話があるのですが」
「言ってみろ」
「陸軍庁舎に、虐待を受けている男の子に会いました。痛々しく、穏やかな職場に変えてあげられませんか」

 何事も決断の早いエイドスが、珍しく何も言わなかった。ソフィアは不思議に思って彼の顔を伺った。

 エイドスは、どこか遠くを見るような目をしていた。少し暗いような思い詰めたような深刻な瞳。

 声をかけるのははばかられて、カップを手に取ろうとする。

「──その子の名は?」

 低い声だった。ソフィアは、躊躇ためらいながら答える。

「すみません。聞きそびれてしまって。腕にミミズ腫れがありましたので、それで直ぐに分かると思います」
「その件はこちらで処理する。もう忘れろ」

 もう一度エイドスは紅茶に口をつける。今度は何も言わず、睨むように遠くを見つめていた。



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