45 / 90
新たな災い②
しおりを挟むバン、と、けたたましい音がする。扉を乱暴に開けて入ってきたのは、エイドスだった。
エイドスは軍人故か、いつも軍服を着ていた。もちろん帯刀もしている。
その光景を目の当たりにしたエイドスは、腰のサーベル、ではなく、銃を取り出した。
「俺の方が早い。無駄死にしたくないなら、離れろ」
銃口を向けられて、オリアーナは狼狽える。その内にもエイドスは距離を詰め、オリアーナから短刀を奪い取り、逆に喉元に突きつけた。オリアーナの顔が恐怖に満ちたものになる。
「ひっ……」
「ソフィアはナセル国の者だ。我が国に対する反逆行為と見なし、断罪する」
今にもオリアーナが殺されそうになる。ソフィアは声を上げた。
「お待ち下さい!彼女は、現国王の姉君であらせられます」
「どうりで」エイドスは笑う。「愚かなのは血故か。まともな王族はいないのか」
「どうかその手をお放しください。王宮で血を流すわけにはいきません」
「属国となった以上、王族も王宮も関係ない。ナセルに刃向かう時点で、首切りだ。──なぁ?分かってて刃を向けたんだろ?」
言葉を向けられたオリアーナは、怯えながらも気丈にエイドスを睨みつける。
「私を殺すなら殺しなさい。私は、王太后様の名代として本日、王宮に伺いましたの。私が死ねば、王太后様が黙っていませんよ」
「興味深いな。死にかけのババアに何ができるのか教えてくれ」
オリアーナは唇を噛みながら、喉元で笑う。
「王太后様は、現教皇様の娘よ。王太后様が教皇様に訴えれば、ナセルなど直ぐに退けてくださるわ!」
エイドスも同じように喉の奥で笑う。
「知らないようだから教えてやる。ナセルとクインツでは信仰の神が異なるからな。ソフィアを改宗させた。お前が頼りにしている教皇様の管轄外ってわけだ。教皇が口出し出来るものならやらせてみたらどうだ?王太后が赤っ恥をかくだろうがな」
ナセル正教はナセル国だけの宗教だが、教皇を頂点とするディアナ教はクインツ国を初め周辺諸国が信仰している。王族であれば、教皇の許しが無いと結婚出来ない。もちろん異教との結婚など論外だ。
ナセル正教と、ディアナ教は昔から犬猿の仲だ。過去には宗教戦争も起きたという。だがナセル国の勝利で終わった今、教皇が新たな戦争のきっかけを作り出せるほどの無茶をするとは思えなかった。
何と言っても教皇には軍隊がない。周辺諸国に命じて軍を派遣する。信仰では絶大な権力を持っていても、武力となると途端に力を失う。脆弱な面もあった。
エイドスは、くつくつと笑い続ける。
「それにな、クインツ国が属国になるとなったら教皇の奴、真っ先に手紙を寄越して来やがったぞ。どうかディアナ信仰を禁止しないでくれとな」
「うそ…」と、オリアーナ。
「さぁどうする。このまま俺に殺されて死に損するか、頭を垂れて無様に謝罪して生き延びるか。選ばせてやるよ」
オリアーナは呆然として座り込む。項垂れて、肩を揺らした。
刃を下ろしたエイドスは、ソフィアに顔を向ける。
「怪我は?」
「え?…いえ、大丈夫です」
「あるのか無いのかを言え」
「ありません…」
ソフィアはそっと首元に手を当てた。冷たい感触はあったが、切られてはいなかった。
エイドスは大声で衛兵を呼んだ。軍人なだけに威圧感のある声で、身がすくみそうになる。オリアーナはあからさまに怯えて、ひたすらに背を丸めていた。
40
お気に入りに追加
2,230
あなたにおすすめの小説
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」
まほりろ
恋愛
【完結しました】
アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。
だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。
気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。
「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」
アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。
敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。
アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。
前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。
☆
※ざまぁ有り(死ネタ有り)
※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。
※ヒロインのパパは味方です。
※他サイトにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。
※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。
2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる