【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

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新たな災い①

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 エイドスとソフィアの部屋は隣同士で、一本の通路を通れば人目につかずお互いの部屋を行き来出来た。エイドスの訪れが無ければ、会わない日もあった。ソフィアから会いに行くことは無かった。用事も無いのに会うわけにいかない。

 ソフィアに仕える者として、侍女が二人ついた。
 その内の一人が王妃の頃に良く尽くしてくれた女官で、名をリビアと言った。彼女は再会に涙を流して無事を喜んでくれた。心労をかけてしまったようで、久しぶりに会う彼女は、随分やつれたように見えた。

 リビアはソフィアよりも一回り年上で、独り身を貫いている。ブラウンの髪と瞳にを持ち、穏やか柔和な笑みを絶やさない害の無い顔立ちをしている。性格もその通りで、彼女がいると自然と心が安らいだ。

 紅茶を淹れるのが得意で、久しぶりに飲む彼女の味に、ソフィアは心を落ち着ける。

「美味しい」
「恐れ入ります」
「リビアさんの紅茶を飲める日が来るなんて」
「大げさですよ」

 ソフィアは笑みを深めてカップを置いた。タイミングよく扉を叩く音。もう一人の侍女が反応して扉の向こうの者と話す。一旦、扉を閉めてソフィアに耳打ちする。

「オリアーナ様がお見えです」

 突然の来訪者。それも悪い方向での思わぬ人物だった。事情を知るリビアは不安げにソフィアを見てくる。

「ソフィア様、体調が優れないと断りましょうか?」
「せっかくいらしたのだから、お会いします」

 部屋に招くと、その者は数人の取り巻きを連れて入って来た。光沢のある落ち着いた深緑の衣装を纏っているが、肩には銀のスパンコールのショールを羽織っているので、ソフィアには眩しく映った。

 ソフィアからカーテシーの礼を取る。相手は上位だ。向こうからの言葉を待つが、相手はただ沈黙した。

 以前はよく無視されていた。当時は王妃の身分で自分の方が上位だったが、向こうはそんなことお構いなしだった。

「顔を上げて」

 ソフィアは言われた通りに顔を上げた。向こうは扇を広げ口元を隠している。つり上がった眉と目。勝ち気な性格をよく表していて、いつ見てもレイナルドに瓜二つだった。

「私のこと覚えてないの?」
「まさか。そんなことはありません」
「最後に会ったのはいつだったかしら」

 問いかけられ、思い返す。いつ、と言われても王太后が発病し、共に離宮に移って以来だから、もう随分前だ。

「一年は前かと」

 すると突然、声を上げて笑い出した。蔑むような顔が、レイナルドと重なる。

「私、貴女が王妃の身分を剥奪されるのを見ておりましたのよ。あれから半年、貴女は見事に国を売り、返り咲いた。おめでとう」
「王太后さまはお元気でしょうか」
「心にも無いことを言って。さぞ気分が良いでしょうね…皆下がって。二人だけで話したいわ」

 二人の侍女を下がらせる。オリアーナの付き人も下がり扉が閉まる。二人だけになった途端、オリアーナはソフィアに短刀を向けた。

「よくもレイナルドをめてくれたわね」

 後ずさるが、直ぐに壁に当たる。オリアーナは近づき喉元に短刀を突きつけた。

「いくらレイナルドが憎いからって、娼婦の技を身につけて誘惑するなんて。王妃だった矜持も無いのね。貴女は慎み深いから、あの豚のようにそんなことはしないだろうと思っていたけれど、見損なったわ」
「…私に恨み言を吐きに来たのですか」
「可哀想に。レイナルドは冷たい牢獄で衰弱し、病にかかっている。なのに医師も呼ばないなんて。私はレオンが王などと認めない。今もレイナルドが王よ!」

 短刀がぐっと首元に当たる。冷たい感触が伝わって背筋を凍らせる。息を吸うのも恐ろしく、浅い呼吸をゆっくり繰り返した。
 
「陛下を死なせてご覧なさい。貴女がなりふり構わずに策を巡らしたように、私も私の一身をかけて、お前を殺してやるわ」

 オリアーナは、レイナルドの姉である。嫁き遅れと言える年でも独身を貫いているのは、もっぱらレイナルドへの偏愛だと言われている。レイナルドは同じような容姿の姉を毛嫌いしていたが、この窮地にあっては頼らざるを得ないのだろう。

「前王の処遇は、我が夫エイドス様が監督されておられます。病でしたら、医師を派遣するよう私から夫に伝えてみます」
「レイナルドをどうするつもり?」
「私には分かりません」
「嘘つかないで!幽閉を続けて、密かに殺すつもりなんでしょう!?その前に死んでくれたらいいと、ろくな世話もしない!貴方のことだからナセルの王子も誘惑したんでしょ?娼婦なんだからお手の物よね」
「…私を脅しているのですか?それとも…」
「もちろん、一つよ」

 冷たい感触が強くなる。ソフィアは死を覚悟した。



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