38 / 90
土産
しおりを挟む「土産だ」
ベッドに投げ捨てる。女は体を起こしてそれに手を伸ばす。
「…毛皮ですか」
「白熊だ。重いが寝てるだけなら関係ないだろ」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれたグラスが目に留まる。中の色が青色だった。
「なんだあれ」
「解毒薬です。医師によると、まだ完全に解毒が完了していないそうです。一度に飲むと気持ち悪くなるので、何回かに分けて飲んでいます」
「毒みたいな色だな」
「表裏一体ですから」
素っ気なく女は言う。指摘されてこの機会にと思ったのか、女はベッドから降りてグラスの青い飲み物を飲み干そうとする。
「待て」
グラスを奪い一口飲む。苦味が口に広がる。気持ち悪くなるという理由が分かった。
女にグラスを返す。少し減ったが、明らかに目減りしているわけでは無い。許容範囲だろう。
女の手はグラスを持っても重そうに見える。背を向けて飲み干して、テーブルに置く。
寝間着越しに、女の体の線の細さが透けて見えた。窓からの逆光でシルエットとして映る。本人は気づいていない。エイドスは毛皮を取って女の肩にかけてやった。
「座れ。話がある」
女は手近にあった小椅子に座った。テーブルを挟んでエイドスも座る。
「なにがささやかに加担しただ。実質お前が戦争を動かしていたんだな」
「私にそんな権限があれば、戦争は終わっておりました」
「嘘つけ。誰に話をしても、アン前王妃様、アン前王妃様と言い出す。軍事でも財政でも、お前が口出ししてきた。瓦解したのは、お前がいなくなったからだ」
さも初めて気づいたかのような顔をされる。全く自覚していなかったらしい。
「この三年、俺が戦闘を統帥してきた。随分手こずってきたが、ここ二ヶ月ほどで何故かクインツ軍の士気が目に見えて低下していた。お前が廃妃となった時期と重なる。期せずして、お前と戦っていたのだな」
「大げさです」
「感心している。見た目で判断出来ないな」
女は目を細める。今日は曇りだが、時々日が差しては女の髪を煌めかせた。
「美しいな」
言うと、女は目を伏せた。僅かな動きだけで、女は実に気品を感じさせる。本国にこんな女は滅多にいない。
「お前を王宮へ移す。いちいち長官を呼んでいるより、お前に聞くほうが早く済む」
「知っている範囲で、全てお答えします」
「お前を妻だとも大々的に示す」
「…殿下」
「名前で呼べ」
だがアンは呼ばなかった。
「陛下の処遇は決まりましたか?」
「いや、まだだ」
「お願いがございます」
アンは立ち上がる。拍子にグラスに当たり、キン、という音を立てる。グラスの底には僅かな青の解毒薬が残っていた。
93
お気に入りに追加
2,384
あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います
ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」
公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。
本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか?
義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。
不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます!
この作品は小説家になろうでも掲載しています

公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜
菱田もな
恋愛
エルーシア・ローゼにはとある悩みがあった。それはルーカス・アーレンベルクとの婚約関係についてである。公爵令息であり国一番の魔術師でもあるルーカスと平凡な自分では何もかも釣り合わない。おまけにルーカスからの好感度も0に等しい。こんな婚約関係なら解消した方が幸せなのでは…?そう思い、エルーシアは婚約解消をしてもらうために、記憶喪失のフリをする計画を立てた。
元々冷めきった関係であるため、上手くいくと思っていたが、何故かルーカスは婚約解消を拒絶する。そして、彼女の軽率な行動によって、ルーカスとの関係は思いもよらぬ方向に向かってしまい…?
※他サイトでも掲載中しております。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる