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良い拾い物
しおりを挟むエイドスはアンの言葉に乗ってやろうと思った。
「我が国は、征服した国の女を自分のものとする風習がある。お前は元とはいえクインツ国の王妃だった。お前を私の妻とする。いいな」
「お待ち下さい」
「罰を受けるといったのは嘘か」
「偽りはありません。私はどうなっても構いませんが、その風習が民にまで及ぶのは、どうかご容赦願えませんか」
「ナセル軍は統率が取れている。蛮族でも蛮行はしない。あくまでお前のようなトップの女を奪うことで、屈服させるという意図がある」
女は安心したように小さく息をついた。一番に民を憂うとは。王妃にふさわしい人間だ。無能な夫を充てがわれて、さぞ無念だっただろう。
「この国は、どうなるのですか?」
「さてな。属国になるか、シェジェン地方の返還だけで終わるか。それは我が王が決めることだ。後は知らん。お前次第では、王に口添えしてやらんこともない」
「…妻にするというのは、妾にするという意味でしょうか」
変なことを聞くものだと思った。
「正式な妻だ」
「…でしたらお止めになったほうがよろしいかと。私は子を宿せません」
「医師の判断か」
女は、ここ最近、自らの身に起こったことを話しだした。冬の川に身を投げ仮死状態になったこと。毒を飲んで九死に一生を得たこと。二度の凶事により、身体に大きな損傷を受けたこと。
「回復に長い時間がかかります。月の物も無いので妻としての責務を果たせません。子を宿せたとしても、育たないでしょう」
「だとしてもお前を妻に迎えたい。俺にはお前が必要だ」
言い切ると、女は当惑したような顔をした。
「子が出来ないと分かっていながら私を妻にしたいのは、余程の理由があるのですね」
「鋭いな。理由は、その金の瞳だ」
女はますます当惑する。憂うように伏せた目は、まるで一枚の絵画のように美しかった。
「…金の瞳は、悪魔と契約した不吉な者だと言われております」
「本当に悪魔と交わったのか?」
「いえ、そんなことは…ないはずです」
心当たりが全く無いわけでは無いらしい。これほどの美貌だ。手を出す輩は多いだろう。
追及はせず、本題に入る。
「俺の国じゃ、金の瞳は国を繁栄させる『祝福』だと言われている。俺はナセル国の第二王子だが、王になりたい。お前を得られれば、王に近づく。お前を王妃にしてやる。俺の妻になれ」
手を取ろうとして、拒まれる。無理やり手を掴んで、目を見張る。
「なんだお前」
もう片方の手も掴む。やはり同じだ。
「冷たいぞ」
ただの冷たさじゃない。まるで死人だ。こんな状態でよく普通に会話出来たものだ。エイドスは上着を脱いで肩にかけた。細い肩に大きな服が余って、ますます弱々しい印象を受ける。
抱き上げてベッドに寝かせる。子供のような軽さだった。
エイドスは部屋を出て、外に控えさせていた下僕に声をかける。
「湯を沸かせ。女に湯浴みをさせる。世話する使用人も連れてこい」
下僕は直ぐに走り去っていく。命令に忠実な奴だから、滞りなく進めるだろう。
女のもとに戻る。じっと待っていた女は、不安げに見上げてきた。当然か。戦の敗北に加え、体の不調に、突拍子もない求婚話。良い話が一つもないのに、安心できるわけがない。
「その首の跡はなんだ」
「済んだことです。お気になさらず」
「なら気にしないが、今後はお前は俺の所有物となる。隠し事は無しだ。契りを交わし、俺に従う。それがお前への罰だ」
「…よしなに」
答えを聞いて、ベッドに身を乗り出す。女が身を引いた分だけ、顔を近づける。
「口を開けろ」
小さく開けた口に舌をねじ込む。エイドスは笑ってしまいたくなった。離れて顔を覗き込む。
「下手くそ」
うつむく女の顔は、恥じらいに満ちている。まるで男を知らない拙さだ。
「レイナルドは教えなかったのか?」
「………」
「答えろ」
目を伏せたまま、わずかに頷く。慎ましいのは嫌いではないが、こうも恥じらわれると、もどかしくもある。
「俺が答えろと言ったら直ぐに答えろ。いいな」
「すみません。気をつけます」
「今、湯を沸かしている。湯浴みをして身体を温めろ」
「…お気遣い、感謝します」
「何か質問はあるか」
首を横に振りかけて、女は動きを止める。
「特にはありませんが…差し支えなければ、お名前を教えてくださいませ」
「言ってなかったか」
「わざと伏せられておいでなのかと思っておりました」
女の深読みにエイドスは苦笑する。
「エイドスだ。エイドス・エメット」
エイドス様、とアンが復唱する。聞き心地の良い声に惑わされそうになる。見目が良い上に、声も良い。これは良い武器となる。
もう一度口を開けさせて、口を重ねる。これから仕込んでいく楽しさもある。
良い拾い物をしたと、その時はそう思っていた。
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