【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

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記憶を取り戻して①

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 リディアの死体は棺桶に入れ、地下室へ安置した。アンは別室に移動して、医師の診察を受けている。

 レイナルドは従者と隣の部屋に待機していた。深夜に飲むウイスキーは身に沁みる。グラスを傾けるとカランと氷の音がした。あまり飲む気になれず、テーブルに置く。
 足を投げ出し椅子に深く座り込む。眠る気にもなれなかった。戦争の中止命令、リディアを殺し、アンは記憶を取り戻した。目まぐるしい出来事が次々起こったのにまだ一日が終わらない。

 隣の部屋から咳が聞こえる。アンの声だ。体を起こして、我に返って座り直す。

「…よろしいので?」

 従者が遠慮がちに聞いてくる。記憶が無いままなら、真っ先に様子を見に行ったのだろう。取り戻した今は…。レイナルドは座ったまま動けなかった。


 診察を終えて、毒の影響で弱ってはいるが、峠は越えたという。迷ったあげく、レイナルドは部屋を訪れる気になった。

 部屋は暗く、暖炉の火のみが唯一の灯りだった。レイナルドが足音を殺して近づくと、アンは体を起こした。見慣れた冷たい眼差し。わずかにでも和らいだ表情を見せてくれたらと期待していたレイナルドは、がっかりした。

「…体調は」

 とだけ言う。するとアンが小さく笑ったので、レイナルドはドキリとした。

「な、なに笑ってるんだ」
「気遣いは無用です。この通り記憶が戻りましたので、どうお接しになられても、もう私は陛下をお慰めしません」

 やはりもう以前のアンだった。何もかも見透かされているようで、恥ずかしさと怒りが混在して、寂しさもあった。
 相手は病人だ。レイナルドはあらゆる感情を抑えて冷静になろうと努めた。

「それだけ減らず口を叩けるんなら大丈夫そうだな。寝てろ」
「陛下は、情報を売った件を、お知りになりたいのではありませんか?」
「もうどうでもいい」

 アンにしては珍しく困惑したような顔をした。アンを出し抜けたような気がして、少しだけ優越感に浸る。

「今日、軍の撤退命令を発令した。お前の望み通り、戦争は終わる」
「撤退…そうですか…」
「ナセル国へも使者を立てた。明日にでも到着するだろう」

 アンはうつむいて、両手の指を絡ませた。はにかんだような顔が、記憶の無いアンと重なる。
 
「女神様が、願いを叶えてくださったんだわ」
「女神だと?」
「……………」
「お前は、ラジュリー王国の貴族に買われていたな。なぜ娼婦になどなった。いくら実家と折り合いが悪いとは言っても、そうする必要は無かっただろう」

 アンは答えなかった。思わせぶりなことを言っておいて勝手な。

「答えろ。国に関わることだ」
「…疲れました。休ませてください」
「なんだその目の色は。本当に悪魔と契約したのか」

 首を横に振った。金の髪がハラリと揺れる。細い首が頼りなく、哀れに見えてくる。

 レイナルドはアンの背中に手を回した。首を支えて寝かせる。肩まで布団をかけて、整える。

「聞きたいことがたくさんある。逃げるなよ」

 アンはわずかに頷いた。目を閉じると、まるで死人と変わらない。レイナルドは静かに外に出て、従者に言う。

「見張りを立てろ。使用人を呼んで、アンの世話をさせろ。異常があれば直ぐに起こせ」
「陛下は、今夜はどちらでお休みになりますか?」
「隣だ」
「しかし、ベッドがありません」
「長椅子でいい」
「しかし」
「いいから」アンに聞こえないように声を落として言う。「何度も言わせるな。行け」

 逃げられるかもしれないから近くにいるだけたと自分に言い聞かせる。そんなのは言い訳にもならなかった。本当はまだ、アンが自分に笑いかけてくれると信じていた。口にしたら笑い者になる。レイナルドは隣の扉に向かった。







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