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苛立ち①
しおりを挟むレイナルド王は苛立ちを隠さずに王座に座っていた。片足だけあぐらをかき、肘をついて頭を支えている。
壇下には一番近くに近衛兵が控え、中央の赤い絨毯が敷かれた両端には、この会議の為に呼ばれた官僚達が並び立っている。その中の一人が、王の御前に進み出て恭しく、報告書を広げ読み上げる。
初め王は、その報告書を気にも留めなかった。それよりも次の陸軍卿の報告を早く聞きたかった。連戦連勝の快進撃が、どこまで進んでいるのかを聞く為に、わざわざこうして出向いていた。
だがこの財務長官の報告には、次第に耳を傾けざるを得なかった。それから怒りが頂点に達し、台座から剣をつかみ取り、鞘ごと地面に叩きつけた。
「何だその報告は!この能無しが!」
能無し、と呼ばれた人物──財務長官は、膝をつき叩頭する。しかし、とそこで止まらなかった。
「し、しかし、このままですと我が国は破綻します。どうか軍をお引きください」
「金策をするのが貴様の仕事だろう!今まで一度も金が無いなどと言ってこなかったではないか!」
「今までは金貸しがおりました。しかし、もう金を貸さないと全ての商人から断られたのです」
「何故だ!理由を言え!」
財務長官は、一度顔を上げ、苦悶しながら口を開く。
「──前王妃様がおられぬからと、言うのです」
それは王は全く想定していない言葉だった。一瞬、言葉を失ってから我に返る。
「あの女は関係ないだろう。馬鹿なことを言うな」
「アン前王妃様が直接に何かをなさったことはありませんでした。ですが、前王妃様は、私が作成した帳簿を理解し、正常に監査、運営が成されていることを保証してくださいました。金貸しの商人たちにも信頼があったのです」
「ではなんだ、私では信頼が無いと?」
「滅相もございません。しかし前王妃様は、王宮の財産、美術品や宝石などの目録作成や、王家所有の土地や産業の管理表も徹底させました。王家の資産を把握しておられたのです。戦争を続けるならば、せめて私の作成した帳簿には目を通してくださるよう、どうか」
つらつらと長官の言い訳を聞きながら、王はかつての王妃の姿を思い出す。
いつも本を読んでばかりの陰気な女だと思っていた。今思えばそれは、財務長官が作成した帳簿に目を通していたからなのかもしれない。
部屋には、古い骨董品のような家具ばかり置かれていた。古いデザインの宝石ばかり身につけていた。新調せず、王室所有のものだけを使用していたのかもしれない。少しでもと、切り詰めていたのかもしれない。
だが、と、王座の肘掛けを掴む。
「財務長官、貴様はクビだ。執務室の出入りを禁止する」
「へ、陛下!」
「黙れ!今は戦争をしているのだ!女一人いなくなったくらいで、金が無いとわめきおって!金が無いなら民から徴収すればいい!」
「重税を課せば民の負担となります!お考え直しを!」
「衛兵!何をしているさっさとつまみ出せ!」
近衛兵に捕らえられ、引きずられながら罷免となった財務長官は王の間から姿を消す。一瞬の静寂の後に、王は何事もなかったかのように陸軍卿を呼んだ。
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