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 はじめは何を言われているのか分からなかった。  

「アン、今をもって王妃の地位を無効とし、全ての称号を剥奪し、平民に降格する!」

 突きつけられた言葉。告げたのは、他でもない我が夫。この国の王だった。

 今は夜会の時。これから舞踏会が始まろうかとするとき、陛下は皆を集めてそう言った。

 あまりの突然の宣言に、他の者たちもどよめきが沸き起こる。その声のお陰で、すんでのところで思考停止に陥らずに済んだ。

「──陛下、」
「黙れ!発言を許可していないぞ!」

 一蹴され、口をつぐむ。こういうとき、聞き分けの良い自分を憎らしく思う。己が窮地に立たされていると言うのに、骨の髄まで身についた王宮のしきたりに反する事ができない。

 何故、という疑問は、聞かずとも教えてくれた。

「こたびの戦、我が国は連戦連勝の快進撃を続けている。なのに王妃は追加の軍の派遣に反対し、和平交渉すら提案する始末。国の繁栄を阻害する者を、それが、たとえ妻であろうと王妃に置いておけない!」

 わめくような声がこだまする。辺りはどよめきが終わり、しん、と静まり返っていた。

 そこに狙ったかのように一人の女性が現れる。アンも知る人物で、陛下の寵妃だった。くすんだ金の髪に青の瞳。小太りの容姿で、醜女好きの陛下をまんまと射止めた。

 女性が無遠慮に陛下の隣に寄り添う。そのふくよかな腰に腕が回された。

「紹介しよう。バトリー伯爵家のリディア嬢だ。彼女を、次の王妃として迎える」

 またしてもざわめきが起こる。口端を吊り上げたリディアは、嘲笑をこちらに向けてくる。

「おいアン!早く王妃の勲章をリディアに渡せ!」

 アンは思わず胸の勲章に触れる。ライラックがあしらわれた勲章は、代々、王妃のみに受け継がれてきた。

 陛下の命を受けた女官が、そそくさとやって来てアンの胸の勲章を外す。うやうやしく銀の皿に乗せられた勲章を目の前にしたリディアは、飛び上がらんばかりに喜びを爆発させる。
 リディアの胸に勲章が取り付けられ、鈍く光る。人目も気にせずに笑い合う二人を、アンは静かに見つめた。



一人だけ締め出されて夜会は続く。演奏する音楽が遠くに聴こえた。今頃はあの二人が手を取り合って踊っているのだろう。冷えた肩にそっと触れた。夜風は冷たさばかり与えてくる。

「王妃さま…」

 遠慮がちな女官の声に反応する気にもなれない。アンはふらつきそうになるのを必死に耐えて、私室へ戻った。

 戻ってから、アンはやっと女官と向き合った。

「私の世話は結構ですよ。これからはリディア様にお仕えしてください」
「王妃さま!これは余りにも酷すぎます」
「あれだけの大見得を切ったのです。きっと教皇様からのお許しも得ているのでしょう。陛下が発言を許可せずにいてくれて助かりました。醜態を晒さずに済みました」
「戦争の継続は誰もが反対しておりました。どうして王妃さまだけが槍玉に上がるのですか!」
「言葉を慎んで。陛下に逆らってはなりません」

 女官は悔しそうに口を歪める。彼女の怒りを和らげるために、微笑んで見せる。

「…今まで本当にお世話になりました。王宮ここに来て五年。右も左も分からぬ私を助けてくれて感謝します」
「貴女様ほど、全てを慈しむお方はおられません。私はアン様だからこそ、お仕えしてきたのです」
「嬉しいわ。そんなことを言ってもらえるなんて」

 アンは女官の手を取った。祈るように俯く。

「貴女の幸いを望みます」
「王妃さま…!」
「お忍びで着ていた服を出してもらえますか?ここにあるものは全て置いていきます。後は陛下と…新たな王妃さまにおまかせしてください」
「私もついてゆきます」
「駄目」アンは強く言う。「何もかも置いていきます」

 人も物も陛下から下賜されたもの。言葉の意味を理解して、女官は涙を流した。その悲しみすら、アンは置いていく。

「元気でね。貴女はこの時期はいつも風邪を引いていたから、無理しないでね」

 女官の嗚咽を包むように、そっと抱きしめる。

「大丈夫、戦争は終わります」
「…?それはどういう」

 アンは微笑むばかりで答えない。

 ──出来ることなら、戦争を止めたかった。陛下を諌めきれず、地位を剥奪された今、残された道は一つしかなかった。




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