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終章
終
しおりを挟む「あの顔は、とても可愛かった」
ふと思い出す。馬車の遠くの丘を見渡すガラスに、レイフの顔が薄く映っている。
「誰の話ですか」
「そなただ、レイフ」
アーネストはとびきりの笑顔を見せた。レイフが好きだという笑顔を見せたのに、何故か冷めた目線を送ってきた。
「なんでそんなに冷たいのだ」
「脈絡がなさ過ぎて困惑してるんです」
レイフの実家を訪れたくだりはアーネストが勝手に思い出している回想で、彼は何も知らない。急に可愛かったと言われて、レイフがこんな冷たい顔をするのは当然と言えた。
「その顔も良いが、あの顔も良かった」
「どの顔ですか」
「あの顔はあの顔だ」
説明する気が無いのを、いちいちレイフは突っ込んだりしない。会話が止まって終わり。よくあるパターンだ。
レイフの言った通り湖を過ぎると、目的の屋敷は直ぐだった。海岸沿いの屋敷は隣国の知り合いから借り受けたもので、使用人もそのまま使って良いという気前の良さだった。
貴族の屋敷はどこも同じような造りで、配置も大体決まっている。到着したアーネスト達は、二階の客室に案内される。バルコニーがある部屋で、そこから正真正銘、本物の海が見渡せた。
絶景だ。海岸線がはっきり見える。太陽の光を浴びて、海面がきらきら光っている。
「良い眺めだ」
隣のレイフも同意する。時刻は昼。陽の光を浴びて、ふだん白いレイフの顔は健康に見えた。
「潮の匂いがします」
「ああ分かるぞ。海辺の者は、常にこの匂いに包まれておるのだな」
「魚料理ばかりになりそうですね」
「嫌いなのか?」
「アーネスト様が」
「あれ?話したか?」
「話さずとも顔に出てます。いつも魚料理が出ると、しおしおと食べておられます」
しおしお。確かにそんな感じで食べていたかもしれないが、レイフがそんな言葉を使うのが少しおかしかった。
「嫌いという程ではない。ただ、皮が苦手なのだ」
「嫌いな人は多いです」
「嫌いではない。苦手」
そこには明確な線引きがある。アーネストのこだわりには、嫌いと認めたくない意地があった。
「俺が目玉を食べると、嫌そうな顔をされます」
「いじわるな奴だな。ここぞとばかりに言いおって」
「お嫌いなら、今のうちに食事のリクエストをしておいてはと思ったまでです」
ツンと澄ませているレイフに、アーネストはニヤリと笑った。
「そうだな。レイフ君の大好きなセロリをたくさん入れてもらおうかな」
レイフがアーネストを見る。
「なんで知ってるんですか」
「そなたの姉から聞いた」
「いつの間に」
「文通友達だからな。季節の折り目にやりとりしておる」
互いの近況を書いて送っている。レイフはこの通り分かりにくいから姉から色々と情報を収集していた。
「セロリが嫌いな子供は多い。気にするな」
「ではその二つを外してもらうようにリクエストしておきます」
「本当に動じんなそなたは」
「年寄りですから、大抵のことは驚かなくなります」
と言ってレイフは海を眺める。髪が風になびいて、額をさらしている。
「アーネスト様、あれを」
「どこだ?」
「あそこです」
指差す方を見ると、海から何かが顔を出した。白くて大きい。長い角がある。
「なんだあれ」
「イッカクです」
名前は聞いたことがある。確か珍しい生き物で、角が高級品で高く売れるとか。
「角が薬になるので、乱獲で数を減らし、滅多に会えません」
「そういえば王宮の財産にも、その角の名前があった」
「貴重品ですから、王家が管理していてもおかしくありません」
そんな珍しい生き物が、こんなにすんなりと見れるとは思わなかった。レイフが見つけなければ見逃していただろう。
「イッカクの生き血をすすった人間は、不老不死になる言い伝えがあります」
「よくある迷信だ」
「時を巻き戻す力があるのなら、不老不死もあるのだと思えませんか?」
「はは、そうかもな」
「こうして貴方と取り留めもない話をするのも、随分と当たり前になってきました」
海風が頰を撫でる。一瞬、強い風が吹いて目を閉じる。ふと暗くなって、アーネストは目を開けた。
風から守るようにレイフが目の前に立っていた。アーネストの乱れた髪を整えると、レイフは満足気に口元をゆるめた。
「風が出てきました。中に入りましょう」
「レイフ」
「はい」
レイフの手の平に口づけする。舌で舐めると、手を引っ込められた。
「逃げるな」
「まだ昼間です」
「夜ならいいのか?」
「ここは借宿です」
「つまらん事を言うな。海だけだそ、ここにあるのは。これから一週間、海だけ見て過ごすつもりか」
「そのつもりでした」
「これだから枯れているジジイは…」
無理やり口づけしようとする前に、レイフに抱き上げられる。そのまま寝室のベッドに降ろされて、靴を脱がされる。
「イッカクは二百年生きるそうです」
「なんと」
「長い寿命の中で、同じツガイとしか交尾しないとか、片方が死んだら片方も死ぬとか言われております」
なるほど。不老不死伝説も、長い寿命から考えられたと思えば納得できる。
それよりもレイフが言いたいのは後半だろう。めでたくツガイとなった二人を重ねて、彼なりに愛を囁いている。
「献身的なツガイを持てて私は幸せだ」
「人払いをしてきます」
「必要無い。夕食までには終わる。魚料理でも構わん。私はずっと、この時を待っていたのだ」
黒い瞳がアーネストを見下ろす。ぎらぎらと光って獣のようだった。
「知りませんよどうなっても」
手のひらを舐め返される。ぞくりと走る快感に、海の音、イッカクの鳴き声が遠くで聞こえた。
〈終わり〉
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もっと評価されるべき作品だと思います!続編もしくは新作楽しみにしています。
ありがとうございます。面白いと言ってもらえて嬉しいです。励みになります。
おはようございます。
昨日の夜にこの小説を見つけて、いま最新話まで追いつきました☺️すごく面白いです!素敵な作品ありがとうございます!続き楽しみです〜!!!!
感想ありがとうございます。
こんな方法があったなんて!
レイフお疲れさま!
頑張った。そして自分の気持ちを見つけた。
感想ありがとうございます。