【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

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三章

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「兄上!死んでください!」

 目にも止まらぬ高速の斬撃が飛んでくる。一撃、二撃を切り捨てたものの、三撃目をレイフは受け止められなかった。
 かろうじて剣で防いだものの、胸から大量の血が滴り落ちる。

 アーネストは上着を脱いで止血しようとするが、次が来てそれどころではない。レイフの後ろに隠れていなければ、あっという間にアーネストの体は引き裂かれる。

「このままではジリ貧だ。なんとか森に逃げられないか!」
「この攻撃だけでしたら逃げられますが、さっきのような飽和攻撃だと難しいです」
「あれは魔力消費が大きい。私を綺麗に殺すと豪語しておるなら、もうあんなことはしない。今のうちに逃げるぞ」
「ならいま直ぐ森へ走ってください。守ります」

 森へと走る。狭い庭だが、こんな状況では広く感じる。
 後ろからの追撃をレイフが弾くたびに、背中に衝撃波が伝わる。既にレイフは胸に大傷を負っている。早く出血を止めたい。振り返らず一目散に走る。

 森になんとかたどり着く。ホッとしていられない。もっと深くへ逃げなければ。

「レイフ、無事か」

 振り向いた瞬間、抱えられる。肩に担がれたアーネストは、前のめりになって、蛙が潰れたような声を出した。

「静かに。私なら足音を殺して走れます。黙っていてください」

 アーネストを担ぎ、片手に剣を持って走っていても、全く息が上がっていない。どこをどう踏み分けているのか、確かに足音が全くしない。化け物か。しかもものすごく早い。どんどん森の奥へと進んでいく。

「兄上!逃げても無駄だ!」

 そう叫ぶオスカーの声が遠い。これなら逃げられるかもしれない。

 それは淡い期待だった。走るレイフの足から、血が飛び散っている。
 レイフの足跡に、血がついている。
 胸の傷は相当だった。まだ止血出来ていない。

「おい!一旦降ろせ!手当てする」
「静かに。場所が知られます」
「そんなに血を出していたら死ぬぞ!」
「うるさいですってば」

 無視されるのかと思ったが、止まってくれた。レイフの傷の手当てをしようと向き直った瞬間、首に手刀を受けて気絶した。



 
 夢を見た。断頭台に頭を置いて、処刑人が斧を振り落とす。一瞬、視界が反転したかと思えば、切り落とされた首が地面を転がる。
 その首を見下ろしているのはレイフだ。冷たい瞳で見下ろしている。
 暗くなっていく視界。
 直ぐに小さな点になって真暗になる。
 嫌だ。死にたくない。冷たい。

「──アーネスト様」

 名を呼ばれ、目を開ける。まだ夢の中にいるアーネストは、冷ややかなレイフの顔を見て、唇を震わせた。
 それは一瞬だけで、直ぐに現実へと意識が浮上する。アーネストは勢いよく起き上がった。

「そなた!さっきはよくも私を気絶させたな!」
「うるさかったもので。申し訳ございません」
「むかつく物言いしおって。もう少し申し訳ない素振りをしてみろ」

 と言いつつレイフの姿を注視する。深手を負った傷は手当してあった。巻かれた布からは血が滲んでいる。治癒魔法が使えたら、こんなもの直ぐに治せるのに。

 周囲を見渡す。崖の下だった。いつの間にか雨が降っていたが、張り出した岩が軒の代わりをしてくれていて、雨水は降り込んでこなかった。

「雨が降って幸いでした。これで痕跡が消せます」
「逃げられそうか」
「向こうは森に慣れていませんから、まだ猶予はあります。陛下の魔力でしたらこの森を焼き払うなど造作も無さそうですが、アーネスト様がいらっしゃるので、地道に索敵を行っていると思われます」

 こうやって振り切れて休めているのも奇跡に近いというわけか。レイフの超人的な身体能力のおかげで、ここまで逃げおおせられた。

 アーネストが目覚めたのを見届けて、レイフは壁にもたれた。ふーと長く息を吐く。

「疲れたか」
「まだ走れます」

 顔が青白いのは、天気が悪いせいでそう見えるわけではないようだ。血が足りないのだ。貧血を起こしているかもしれない。

「そなた、本気でアネモネと結婚しろと言っておったのか?」

 伴侶となるのは荷が重いと言っていた。同衾したくないだの、嫌いだのとレイフからはきっぱりと振られてしまっていた。

「心臓の音が聞こえない男と結婚しろと言っておったのか」
「あの人もブレスレットをしていましたから、陛下の何か術に対する作用なのかと思っていました。まさか死人だとは思いません」

 最もらしいことを言ってくれる。

「私はそなたと結婚したい」

 大真面目で言ったのに、何故かレイフには笑われてしまった。
 くつくつと笑い出したレイフの頬を引っ張る。

「こら、からかうな」
「すみません。この期に及んでまだそんなことを言うのかと思って」
「こうやって話が出来るのも最後かもしれん。言いたいことを言ったまでだ」

 ふぅ、と息をつく。レイフの額に汗が浮いていた。平気そうな顔をしておきながら、本当はもう限界が近いのだ。

「アーネスト様は結婚しようと言うばかりで、その前がありません」
「その前とはなんだ」
「好きだ、愛してる」

 レイフは淡々と言った。

「せめてそれくらいはおっしゃった方がよろしいかと」

 言われてみれば言ったことが無いような気がする。アーネストは短く過去を振り返ったが、確かに言っていなかった。

 好意を持ってはいるものの、蝶や花よと愛でるのとは、レイフは違った。

「そなたとはいつも漫才をしておる」
「これだけ身分が違うのですから、価値観も違ってくるかと」
「そなたはジジイだしな」
「貴方は若造です」

 ふ、と笑い合う。
 緊張状態で、気の抜ける会話が出来るというのは貴重だ。これまでも緊迫の連続だったが、なんとか気を保っていられるのは、レイフのおかげだった。

「…笑えん話だと思わんか」

 だからこそ、レイフには申し訳ないと思う。
 事の発端は、アーネストに婚約者がいたことによる嫉妬だ。
 熱狂的な信者が引き起こしたどうしようもない過ちだ。アーネストは次期王位継承者で、王妃を娶るのは幼少の頃より決まっていたことだ。実にくだらない。それでアーネストは二度も処刑を味わい、レイフは二度にわたり過酷な人生を歩まされた。

「人の情念というのは、もっとも理性からかけ離れておる。私がいくら頭で考えようと、狂信した者を理解することは出来ない」
「原因はそこかもしれませんが、なぜ繰り返すのかの謎が解けていません」
「繰り返すのは、未来を変えたい誰かがいるからだ。女神ディアナなのか、他の何者かなのか」
「貴方ではないのですか?」
「わたし?」
「アーネスト様は陛下よりも魔力量が多かったと聞いたことがあります。そういう過去を遡る秘術を持っているのではないですか?」

 そんな力は無い、と言おうとして、何かがかすめる。

 記憶の狭間に、何かの映像が浮かぶ。

 それは最期の記憶だ。首を落とされ、冷ややかなレイフの顔。

 あの顔を見ていた。


「大丈夫ですか?」

 レイフの声。違う。その顔だ。

 なんの感覚も必要なかった。本能で全てを施した。

「────あ」

 思い出した。

 何度も走馬灯のように繰り返し見てきた夢。最期の瞬間。あれだ。あれだった。

「気分が悪いのですか?」

 様子がおかしいアーネストを心配して、レイフが顔を覗き込む。
 アーネストはレイフを引き寄せ、顔を近づけた。

 真っ黒なレイフの瞳。その瞳が、答えだった。

「レイフ、頼みがある」

 瞳がまたたく。

「私の首を跳ねてくれ」


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