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二章
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しおりを挟む窓際からレイフの姿を見下ろす。庭で、集団で駆け回る猪を、庭師と一緒になって捕まえようとするのを、アーネストは眺めていた。
一旦、王都へと向かうイエローに、オスカー宛ての手紙を託した。報告と共に読んでくれれば、アーネストが本当に王位の野心が無いことを証明してくれるだろう、と良いのだが。
リタが淹れてくれたコーヒーをすすりながら、アーネストは肘掛けにもたれる。
静かだ。耳を澄ませると、締め切った窓を越えて、誰かの叫び声が聞こえてくる。
──あー!あっちあっち!レイフさん!あっち!
──そっちですってば!
──お尻叩いて!そう!あっちに行かせて!
アーネストは閉じようとしていた目を開けた。騒がしい。猪の捕獲に手間取っているようで、おそらくリタ以外の使用人が総出でレイフと庭に出ているのだろう。
眠れないならと、再び窓へと移動する。ずっと手入れを続けてくれた使用人たちのお陰で、今も母が植えた花が咲き誇っている。
使用人たちの声はよく聞こえるが、レイフの声は全く聞こえない。だが一度口を開けば、誰もが心惹かれる良い声を発する。アーネストはレイフの落ち着いた声を聞くのが好きだった。
猪たちを追い払うレイフは、使用人たちと大分打ち解けているようだ。というかこき使われているように見える。あっちだこっちだと騒ぐ使用人たちの指示に従って、レイフは動き回っている。
イエローと話している時に、レイフも同席した。猪を追いかけて流れる汗を見た時は、彼も人間なのだと安心したものだ。
浮世離れしているから、ときどき、人間なのかと疑いたくなる。
原因は、はっきりしている。繰り返しているからだ。それこそ人智を超える不可思議な現象によって、レイフは160年を生きてきた。亀並みに生きている。
長生きして喜怒哀楽が薄く、真意が把握しにくい。感受性が鈍いのは、それだけ何かを感じて消耗したくないからだ。無駄に体力を消費するのを避けて、単調に過ごしたいのだろう。
猪たちの追い出しは順調に終わったらしい。互いに手を叩いて喜ぶ使用人たちから少し離れて、レイフが見守っている。
お疲れーと使用人たちが解散していく。手を振る使用人に応えて手を振り終えると、レイフは竹箒を持って庭に残った足跡を消し始めた。ああいう雑用を本来ならする必要は無いのだが、身分のないレイフにとっては、貴族のような余暇の過ごし方に慣れていない。アーネストのように日がな読書をして平気でいるのは性に合わないらしい。器用貧乏という奴だ。
何かしていないと、己を保てないのかもしれない。
監獄で繰り返した僅かな日数だけでも、アーネストにとっては地獄のような時間だった。何をしていても不安がつきまとう。一度目よりも二度目が辛かった。死ぬと分かっていながら何も出来ないのだから。お陰で狭い空間が苦手になった。
レイフは更に何倍も同じ思いをしてきたのだ。早く死にたいが死に方が分からない苦痛は、誰にも理解されない苦しみだ。アーネストもそこは分かってやれない。
そんな苦しみを内に秘めているレイフは、地道な庭の清掃に勤しんでいる。一騒動終わって静かになったことだし、午睡を決め込もうと窓から離れた。
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