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二章
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しおりを挟む「質問をしてもよろしいですか?」
「内容によるかな」
「何故あの者と婚姻を結ぼうとなされたのですか」
険しい目をレイフに向けて、イエローは言った。
「何故って、死にたくなかったからだ」
「陛下の御前で、アーネスト殿下は大勢の前で…」
イエローは言葉を切った。少し間を置いて彼の言いたいことに気づいて、アーネストは手を叩いた。
「…ああ!謝罪したぞ!」
こうしたんだと、両手をついて頭を地につけようとする。
「──お止めください殿下!」
ものすごい剣幕で止められる。脇をすくわれ、大男だから、アーネストの両足は宙に浮く。
「殿下ほどのお方がそのような下賤の者がする謝罪をするなど…あってはならぬことです」
「死ぬよりはマシだ。それに結構楽しかったぞ!」
「それは殿下ではありません!」
アーネストはぽかんとした。己を否定されるとは思わなかった。
「殿下ではありませんとはなんだ。私が私で無かったことなど無いぞ」
「殿下は誰よりも気高いお方。たとえ陛下相手であっても、膝を折るくらいなら死を選ぶお方。私は信じません!」
怖いくらいに圧がある。妄執に取り憑かれて、我を忘れているような剣幕だ。
アーネストは手首のブレスレットの効力を確認した。魔力は封じられたままだ。『魅了』の術は発動していないし、使ったつもりも無かった。
──この男、正気で魅了されてないか?
確かに、一度目や二度目のアーネストであったなら、あんな謝罪はしなかっただろう。
だが今は三度目だ。死んだらまた監獄に戻る。それくらいならアーネストは何度だって頭を下げる。
「──すまなかったな幻滅させて」
このまま暴走されても困るので、とりあえず肩に手を置く。イエローは目を見開いた。
「殿下…」
「私はお前が望むような人間では無かったということだ。諦めてくれ」
「殿下…!」
降ろされたかと思うと、イエローは膝を付いてわんわん泣き出した。やりたい放題だ。手が付けられない。どうすればいいんだ。
レイフに助けを求める。すっかり傍観者を決め込んで、目が合っても彼は何もしてくれなかった。
たいしたもてなしは出来ないが、と客間に案内する。座るよう促しても固辞された。
「いいから。私からも聞きたいことがあるのだ。もう侍従ではないのだから座ってくれ」
「もう侍従ではない…」
捨てられた子犬みたいな顔をしたイエローは、よろよろと腰かけた。大男が情けない。アーネストは咳払いして向かいに座った。
レイフが扉を開けて中に入ってきた。盆の上には二人分の紅茶。そつなくテーブルに置くと部屋を出ていった。話を聞くつもりはないらしい。出来ればいて欲しかった。
「さて、着いた所悪いが何用で来た。私はあの子と婚姻し、王位継承権を失い、貴族ですらなくなる。私のような者と接触しては外聞も悪かろう」
「実は、陛下の命令なのです」
オスカーが?アーネストは続きを訊ねた。
「殿下は高貴な血筋のお方。貴族でなくなると危険が付きまといます。故に私を護衛として陛下が遣わしたのです」
「お前はナイトの称号を授与されたのであろう?爵位持ちが私の護衛をするのはお門違いだ」
するとイエローは首をかしげた。
「いえ…そのような爵位は授与されておりませんが」
「なに?」
「誰がそのようなことを?」
問われ、こちらが首をかしげる。イエローの様子からして嘘をついているとは思えない。レイフのあの性格からしても嘘ではないと思う。
──私が生き延びて未来が変わったから…?
後でレイフと相談しよう。彼はきっと今、再び記憶の整理で部屋に籠もっている。
「私の記憶違いだ。失礼した」
「殿下が記憶違いをするとは思えません」
「まぁそうなんだが、今は説明するのが面倒くさい。記憶違いということにしておいてくれ」
「まさかあの男が吹き込んだのですか」
低い声で凄まれる。そうだと答えたら、こじれるだろうから、アーネストは肯定も否定もしなかった。
「レイフは良い男だぞ。そう邪険にするな」
「殿下が生き延びようと思われたのも、あの男が原因なのですか」
もっと低い声になる。またさっきのように暴走されては厄介だ。アーネストはため息をついた。
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