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一章
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しおりを挟む「──は?」
「申し訳ありませんでしたあああああああ!!」
「は、え、ちょ、あ、あにうえ?」
「どうしても死にたくないんですぅぅぅ!」
そうそう。確かこんな感じだった。
別に水を飲めなかった馬はアーネスト所有では無かったのに、何故か世話係は自分に謝ってきた。たまたま通りがかっただけだったのと、こちらに謝罪するのはお門違いというわけで、アーネストはその謝罪を無視した。
そしたら世話係はいつの間にか職を解かれていた。可哀想だったので再雇用し、今でも無事に馬の世話係を勤めている。忘れるほどには些末な昔話だ。
だがどんなに些末でもある程度は記憶しておく良い経験になった。いつどこでなんどき、必要になるか分かったものではない。引き出しは多く持ってかねば。
「どうか!どうか命だけはお助けをー!」
我ながら渾身の謝罪だ。なんだか爽快感も湧いてきた。こんなに良い気分になれるなら、普段からもっと謝ってみるのも悪くない。
「私は!大罪を!犯しました!が!どうか親王陛下誕生の慶事に際しまして!どうか!なにとぞ!命だけは!ご勘弁願えないでしょうかー!」
面白くなってきた。癖になりそうだ。
バンバンと何度も手を床に叩きつけて、頭を下げ続けた。
同じ言葉を繰り返すのも悪いと思い、他の言い方を考えてみるが、なにせ初めての謝罪だから語彙が無い。とりあえず頭を下げ続けると、周囲が、異様に静かなのに気づいた。
まるで誰もいないかのような静寂。不思議に思ってアーネストは顔を上げた。
目の前にはまだオスカーが立っていた。ただ激昂した赤い顔でなく、青白かった。異様な物を見るかのようにこちらを見下ろしている。
「……?」
「もう、いいです」
オスカーはさっと背を向けると、逃げるように馬車に乗り込み走り去っていった。
あっという間の出来事に、アーネストがポカンとしていると、肩を叩かれた。
レイフだ。彼も何故か、オスカーと同じように青白い顔をしている。
「レイフ…」
「おめでとうございます」
「どういうことだ?」
「殿下は処刑を免れた、という意味です」
そうなのか?いまいち実感が無い。オスカーは突然帰ってしまうし、許してもらえたようには見えなかった。
「私は処刑されないのか?」
いつの間にやら断頭台を片付け始めていた処刑人に問う。彼は一度大きく肩を揺らした後、はい、と小さく答えてそそくさと去っていった。
観衆もぞろぞろと去り、レイフと二人だけ取り残される。
「陛下が取りやめを指示しました」
とレイフは言った。
「え、そうなのか?気づかなかった」
「もういい、と仰せられました」
言っていたな。あれはもう謝罪しなくていいという意味だと思っていた。
「アーネスト様の醜態を世にさらけ出しはしましたが、命は守れました。良かったですね」
「醜態?」
「自覚が無いのですか?」
レイフは本気で驚いた顔をした。アーネストとの間に温度差が生じている。
「アーネスト様は、あれを恥だと思わないのですね。ご立派です」
なにやら小馬鹿にされている気がする。こうして生き残れたのに、何故か釈然としない。
まぁいい。生き延びれたのだから、過ぎたことを考えるのはよそう。
「しかしオスカーの奴め。あんなので生かしてもらえるのなら、もっと早く言えばいいのに」
おかげで二度も死ぬハメになった。
「しかし謝罪というのは気持ち良いものだな!やりきった感というか、達成感がある!」
またレイフは、なんだコイツ、という顔をした。この若者、普段は無表情のくせに負の表情はこんなにも分かりやすく出せるのか。相当な根暗だな。
「言いたいことがあるなら言いたまえ」
「いえ。処刑も回避出来たことですし、私はこれで失礼します」
「何を言っておる。そなたは私の伴侶だろう。これからそなたは私と暮らすのだぞ。どこに失礼すると言うのだ」
「私と結婚するのは冗談でしょう?」
「それこそ何を言っておる。本当に決まっておろう」
とんちんかんな事を言い出したレイフに、しっかりとアーネストは念押しする。
「よいか。王位継承権の放棄を自己宣言するだけなら、誰でも出来る。そんなことでは誰も信用しない。いつでも権利を主張出来るのだからな。そなたと婚姻関係を結び、私が貴族でなくなり、次代の子供も貴族でない保証が出来てこそ、本当の意味で王位継承権が失われるのだ」
王位を継げるのは両親が王族である者だけ。いくら王が愛妾に子を産ませても、その子は王位を継げない。正妃が産んだ子でなければ、王とはなれない。
「ゆえにレイフ、私が更に無難に生きるためには、そなたと結婚するしかないのだ」
「そういうことなら私以外でも良いのではないですか?それこそ殿下の気に入った者と婚姻関係を結んだほうが、殿下も嬉しいでしょう」
「そなたと決めた」
レイフが下げている剣に目を落とす。
「あそこで防いでくれなかったらまた死んでいた。命の恩人だ。感謝する」
「それだけが理由なら他の方をお選びください。私には殿下の伴侶となるには荷が重いです」
「まだこの話をするのか?もはや無理だぞ。オスカーはそなたの顔を覚えたろうし、約束を反故にするわけにはいかない。そなたに拒否権はないのだ」
レイフは口を引き結んで押し黙った。そんなに嫌なのか?アーネストはちょっとショックを受けた。
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