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一章

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「なんだ貴様は…!」

 いつにないオスカーの焦った声。アーネストがおそるおそる目を開けると、剣を構えるレイフの姿があった。

「レイフ…?」
「遅ればせ、申し訳ございません」

 レイフは剣をオスカーに向けたまま、懐から布を取り出してアーネストの首にあてた。

「血は出ていますが深くはありません。直ぐに止まるでしょう」
「助けてくれたのか…」

 怪訝そうにレイフは顔を向けた。

「お前がアーネストを誑かした男か!」

 激昂するオスカーは、力のまま剣を振りかざす。レイフはこちらを向いたままだ。

「レイフ!」

 うしろだ、と言おうとする頃には、レイフは素早く反応して剣を叩き落とした。
 ものすごい早技だ。アーネストの周囲には腕に覚えのある兵士たちがごろごろいたが、こんなに反応が早い者は見たことが無かった。

 ──こいつ、こんなに強かったのか。

 細身だからてっきり弱いと思っていた。人は見かけによらない。

「王に刃を向けて、無事で済むと思うな!殺してやる!」

 そして何よりも驚いたのは、オスカーの変貌ぶりだ。静かな存在だとばかり思っていた弟が、こうも感情を爆発させて怒るのを初めて見た。

「アーネスト様、お下がりください」
「いや、私が話す。縄をほどいてくれ」

 危ないですよ、と心配される。オスカーは落とされた剣を拾いあげようとするが、手首を打たれたせいで、持てずに落とした。

「オスカー、私はこの男と結婚し、王位継承権を放棄する。王宮から去る。見逃してくれないか」
「ここまで無礼を働かれて、黙って見逃すとでも?」
「私が処刑された後の事を考えことがあるか?亡き母の実家、ライトゴーン国が黙っていると思うか?今ここで私の意思で、王位継承権を放棄すれば、戦争を避けられる」

 戦争が起こることはレイフの証言で把握済みだ。オスカーが王となった後も、父の代と同じ宰相だったと聞く。その宰相はアーネストも知る優秀な者だ。おそらくはアーネストが処刑された場合の危険性も進言している筈だ。

 レイフに縄を解いてもらい、オスカーを見下ろす。オスカーは顔を歪ませ見上げる。瞳に憎しみが宿っていた。

 そんなオスカーを前に、膝をつく。頭を垂れ、首を差し出す。

「先王陛下の崩御に際し、ご心痛お察しいたします。新たなる王の誕生を心よりお祝い申し上げます」
「……………」
「私の要求は先の通りです。死、以外でしたら全ての要求を受け入れます。どうか命だけは免除していただきたい」
「…ふざけるな!」

 オスカーに蹴り飛ばされる。倒れ込みそうになるのをレイフが受け止めた。

「私がそれで許すと思うか!私が望むのは兄上の死だ。兄上さえ死ねば、私は王として君臨出来る。何の敵もいなくなる。王位継承権を放棄だと?そんなものいつでも撤回できる。私は騙されない!」

 いつも死にそうなオスカーの顔が、怒りで頬が赤くなっている。貴重な瞬間だ。
 王になるのに固執している。執着し過ぎて、我を忘れている。
 これはもう何を言っても無駄だ。かと言ってこのまま黙って死んでも、どうせ巻き戻る。せっかくここまで変わったのだから、もう少し頑張ってみるか。

「まぁまぁ落ち着きたまえオスカー。あんまり眠れてないんじゃないか?戴冠式やらなんやらで忙しいんだろ?ゆっくり休んだらどうだ?」
「アーネスト様、それは火に油を注ぐかと」
「そうかな?」

 レイフの言った通り更に激昂しだした。従者やら控えていた兵士たちに取り囲まれ、もはやいつ殺されてもおかしくない状況だ。
 やはりこのまま死んで終わりか?

 諦めかけたその時、レイフが耳打ちした。

「謝罪されては?」
「え?」
「まだアーネスト様は謝罪しておりません」

 謝罪と聞いてアーネストは一瞬、深く考え込んだ。

 ──謝罪?謝罪ってごめんなさいってするアレか?

 間違いを許してもらうために謝るアレだ。アーネストはこの方、生まれて一度も誰かに謝罪したこともなければ、してもらおうとも考えたことは無かった。
 今まで一度も、己が謝るような気になったことすら無かった。そういう場面に出会ったことが無かった。

 アーネストは空を見て過去を振り返った。
 ──いや、と記憶の底をほじくり返す。これまでの人生を振り返って何か、どこかで見た場面を思い出す。

 あれは、馬の世話係が失態を犯した時だ。何かの取り違いで、馬に水をやるのを忘れていたとかそんな理由だった。
 アーネストは当時まだ子供だった。乳母に手を引かれ、その場面に遭遇した。
 あの時、世話係は何としていたんだっけ。

 たしか、頭を地面に擦り付けて──

 アーネストは膝を付き手をついて、頭を擦り付けて、息を大きく吸い込む。

「──申し訳ありませんでしたあああああああ!!」

 天地に響き渡る謝罪を叫んだ。

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