【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

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一章

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 三日後、アーネストは処刑場に降り立った。場所は監獄を出た中庭で、見守る観衆は20人程度で、規模は小さい。

 ──良い天気だ。

 雲一つ無い青空だった。さぞかし血の色がよく映える。そうはなりたくない。三度目の正直。アーネストは腹をくくった。

 この日の為に設営された処刑台へと促される。後ろ手に縛られたアーネストは、ゆっくりと壇上に登った。壇上には断頭台が置かれ、処刑人が剣を光らせて立っている。
 壇下にはレイフが控えている。目が合うと直ぐに避けられた。プロポーズをしてからずっとこの調子で、避けられ続けている。

 小うるさい讃美歌を歌うのは、王家が抱えるの教会の聖歌隊だ。全員が男で、中年で、全く神聖を感じない。子どもや女性を排したのは、ひとえにこれから行われる残忍さを見せないためだろう。

 そして──アーネストは目を光らせる。
 オスカーが乗っているという馬車。その姿は見えないが、物影に隠れているのだろう。事前にレイフが教えてくれた馬車がいるであろう場所へと体を向ける。

 役人が罪状を読み上げようとするのを制して、アーネストは前に出た。

「これが最後だ!私の話を聞いてくれ!」

 血相を変えた役人が、いけませんと後ろに下がらせようとする。

「新王陛下からは、直ちに刑を執行せよとご命令を受けております」
「なに直ぐに終わる。私の口上など、長く続くこの世のほんのささやかな時間だ。それくらいは許せよ」

 いけません、と引かない役人を無視して、アーネストは叫んだ。もたもたしていたら、強制的に首を落とされそうだ。

「私、アーネスト・ストレリッツは、王位継承権を放棄する!」

 あらん限りの声で訴える。こんな大声を出したのは初めてだ。

「ついてはその証明として、そこの一兵卒のレイフ・ノートと婚姻関係を結ぶこととする!」

 しん、と静まり返り、遅れて観衆がざわつき始める。
 隣でひたすらアーネストを抑え込もうとしていた役人が、驚愕の反応をした。

「な、なんと…?」
「聞こえなかったか?貴賤結婚だ」

 王族として代々継承されるには、両親とも王族でなければならない。王族でない格下と結婚する。それが貴賤結婚だ。
 たとえ貴族と結婚しても王位継承権は与えられない。貴族もまた臣下だからだ。ましてや貴族ですらないただの一般人と結婚するとなれば、王位継承権はおろか、貴族としての身分も剥奪される。

 アーネストは、全ての身分を捨てると宣言したのだ。

 ──さて、どうなる。

 観衆の一人がどこかへ駆け出すのをアーネストは見逃さなかった。馬車がいるであろう場所だ。程なく馬車が優雅に車輪を回して現れる。アーネストは歓喜した。

 ──これで、オスカーが処刑を止めてくれたら、私は生き延びる。

 馬車が壇上の近くに止まると、果たしてオスカー、弟が現れた。
 黒髪に赤目の、少しアーネストに似た風貌の、まだ若干18歳の若者だ。
 
 ──相変わらず死にそうな顔をしている。

 たまにしか顔を見合わせたことはなかったが、会えばいつも顔色が悪かった。
 それは王となった今も変わらないようだ。これから王として激務の日々が始まるだろうに、今からそんなでは早死しそうだ。最も、アーネストの生死は、この死にそうな弟にかかっている。

「兄上、その話は本当ですか?」

 壇下から声をかけられる。たいして大声を出していないのに、よく通る声だった。こんな声をしていたのかと、場違いに思う。

「本当だ。既に私たちは夫婦の取り決めを交わし、陛下の許しがあれば婚姻するつもりだ」

 オスカーは目を細めた。こいつもレイフと同様、表情が全く動かない。物静か過ぎて、何を考えているのか分からず、わずかな沈黙が長く感じた。

「……『魅了』は使っていないようですね」

 アーネストは背を向けた。後ろ手に縛られた腕には、ブレスレットが嵌まっている。翡翠のブレスレットだ。

「この通りだ」

 翡翠のブレスレットは、アーネストの『魅了』の力を封じる効力がある。それでアーネストは魔力が使えなくなっている。ブレスレット自体に保護魔法がかけられていて、外すことも叩き割ることも不可能だ。
 ちなみにアーネストは剣術などの訓練を全く積んでこなかった。剣の握り方も知らない。完全に無力化された状況で、味方もいない中で、これが己に出来る最善の方法だった。

「処刑を免れてもブレスレットは外さないと誓う。能力も無く、王族でも貴族でも無くなった私を、どんな罪で断罪すると言うんだ?」
「兄上に罪がなくとも、私がそう願えばそうなるのです」
「横暴だな。初めからなりふり構わず振る舞っては、やがて立ち行かなくなるぞ」
「ご忠告痛み入ります」

 オスカーは従者から剣を受け取る。剣を抜くとアーネストに切っ先を向けた。

「まぁ…、これから死ぬ人間に心配されるほど、落ちぶれはせぬでしょう」
「オスカー」
「貴賤結婚など認めるわけがない。無駄な足掻きです。さようなら。兄上」

 切っ先が喉元を突く──逃げられない。

 ──今回も駄目か。

 せめて目を閉じる。最期の、レイフの冷ややかな顔が浮かぶ。

 ──何故こんな時に思い出すんだ。

 死を悟った瞬間、──ガキン、と金属のぶつかり合う激しい音がこだました。

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