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一章
3
しおりを挟む温めなおされたスープに口をつける。ほとんど味は無いが温かいというだけで落ち着ける。いくら夏場とはいえ、これだけ暗い部屋に閉じ込められていては、心も体も冷えてくる。
再び上げられた盆には、最初にはなかったチーズが置かれていた。彼のサービスだ。優しい。ありがたくいただく。
その彼は、食事をしているアーネストを遠目から眺めている。扉を背にして、じっとしている。
「なにか言いたいことでもあるのか?」
レイフは、いえ、と小さく言った。
「考えております」
「なにをだ」
「一度目も二度目も殿下は処刑されました。私はそれをどう阻止出来るのか」
「うむ。よい心がけだ。それで何か浮かんだか?」
「脱獄は難しいです」
見張りの兵を懐柔したとしても、周囲に監視が付いていては確かに逃げられない。それはアーネストも賛成だった。
「故に嘆願するしかないかと」
「嘆願?誰に」
「三日後に誕生する新王陛下に」
新王陛下。それは父が死に、弟のオスカーが王位を継ぐということ。
父は半年ほど前から病に伏せっていた。政務はアーネストと宰相が代行していた折に、ある日突然、捕らえられ何の弁明も出来ないままに投獄された。
いわれもない罪。どんな罪を犯したのかも分からぬまま牢屋に押し込められ、それが明らかになったのは、処刑される直前だった。
──『魅了』の能力を常用し、人々を惑わせた罪。
「魅了」は生まれながらにアーネストに備わっていた能力だ。他者を認識し術を発動すれば、どんな人間も言いなりに出来る。効果範囲や持続力は術者の魔力や練度にもよるが、アーネストの場合は一度かければ、その人間は永久的に魅了される。
「魅了」という言葉は弊害があるかもしれない。好意的の方が近い。魅了された人間は術者の命令に基本的には従ってくれるが、重い命令には従わない。自死や殺人の強制は不可。せいぜいが「そこの茶を取ってくれ」くらいだ。それでも「魅了」された人間はアーネストを好意的に思っているから、みな気に入られようと「そこの茶を取ってくれ」以上のことはしてくれたりする。
つまりは、茶を取るついでに茶菓子も用意してくれる。それくらいのささやかなサービスをしてくれるだけだ。
大した能力ではないとアーネスト自身は思っていたし、「魅了」を使わずとも己の地位一つで茶を持って来いと言う前に用意をしておいてくれる。必要の無い能力と言っても過言ではない。
だが敵対する弟達にはさぞかし脅威に映ったことだろう。下手をしたら「魅了」の能力でアーネスト側に引きずり込まれてしまうかもしれないからだ。だからこそオスカーは滅多に会おうとせず、真意をひた隠しにしてきた。
アーネストは嘆息する。
「…父の死に目にもあえないとは」
王である前に父だった。己の確定している未来にかかりきりで、父の死を嘆き悲しむ時間も無いとは。とんだ親不孝者だ。
きん、とブレスレットが音を立てる。全く忌々しい。
これ、さえなければ、アーネストは死ぬこともなく、ましてや父の死すら覆せるかもしれないのに。
「アーネスト様」
「ん?」
「三日後、新王が誕生されます」
先ほども聞いたが、アーネストは頷いた。
「それを告げる使者に弔電を言付けてはいかがでしょうか」
レイフの提案の意図する所に、アーネストは顔を上げる。
「父の死を悼むと共に新王の誕生を祝うか」
レイフは頷く。
確かに、良い案だった。弟の即位を祝う旨を告げれば、いくらかは心象が良くなる。しかしこれは諸刃の剣だ。変に勘ぐられて、余計に警戒されはしまいか。
「アーネスト様がこの監獄に閉じ込められて半月。心身ともに疲弊し、己の起死回生はもはや絶たれた故の新王誕生へのことほぎだと受け取ってくれるかもしれません」
「そんなうまくいくか?」
「いかなければ死ぬだけです。次の方法を試せばよいのでは?」
簡単に言ってくれる。次の方法を試すにはまず死ななければならない。その前提をレイフは軽く考えているように見える。
「次がないやもしれんぞ」
「であれば私たちはやっと俗世から解放されます。女神の国へと行けるのですから、死んでも良いかと」
「…そなたはなんだ。死にたいのか」
レイフは、そこでやっと微笑んだ。ほんのりと笑い、そこに暗い影が含まれていた。
彼は死にたいのだと、アーネストは悟った。
「そなた、名前は?」
逃すまいと手を握る。レイフは怪訝そうにアーネストを見た。
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