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山梨のスパロウホーク
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よほど私はふてくされた顔をしていたらしい。デスクでパソコンを立ち上げ、人知れずため息をついたところで声を掛けられた。
「先輩、何かあったんですか?」
「いや、別に」
「またまた~。先輩が『別に』っていう時は大体機嫌が悪い時なんですよ。チョコ食べます?」
カラカラと箱を振りながら聞いてきたのは、後輩の安藤だ。
安藤美姫、別名『ブス姫』。
「いや、大丈夫だから」
「嘘。同じこと小野さんに言われたら、絶対貰ってたでしょ」
……否定はできない。
「先輩。そういう不器用で自分に正直なとこは良いと思いますけど、そんなんじゃモテませんよ」
やれやれと、安藤がパソコン越しに私を眺めている。何を偉そうに、自分だってモテないくせに。内心そう付け加えるのを忘れない。
「はいはい、モテない同士僻みあうのはやめましょう」
哀れむように、安藤が私の机にチョコを置く。一粒ではなく、箱ごと。
「なんか食べたくなって買ったんですけど、でも食べると太っちゃうから。かといって捨てるのももったいないし」
チョコの一つや二つで、何を今さら。そう思うほどに、彼女は手遅れだ。パンパンに膨れた制服がそれを物語っている。
確かに顔は名前負けしているかもしれない。少なくとも美人の部類でないことは確かだ。
けれどその体型さえどうにかすれば、まだ彼女には道が残されている。なぜ痩せようとしないのだろう。それが怠慢のようにも思えてきて、私は彼女を早く追いやってしまいたかった。
「まだ休憩時間じゃないだろ、こんなところで油を売ってると、主事に怒られるぞ」
「別に遊びに来たわけじゃありません。これ、健康診断のスケジュールと問診票です。来週頭から順番に皆さんに受けてもらいますから、ちゃんと問診票書いておいてくださいね」
安藤が脇に抱えた大判の封筒から、書類を数枚取り出して私に手渡す。
「全員に手渡しして配れって言われちゃって。そんな非効率なこと平気で指示してくるんですよ、あの人」
「そのほうが確実だからじゃないのか。警察官なんて身体が資本だろうに、忙しいを理由にサボるかもしれないだろ」
文句を垂れる後輩にそう諭すと、安藤は唇をつきあげ、不満そうに漏らした。
「そんなこと考えてないですよ、あの人。単に私に嫌がらせしたいだけなんだから」
「そんなことは」
「無いわけないじゃないですか。先輩だって、変なあだ名つけられちゃって。いい迷惑だって思わないんですか?」
「それは……」
思わず、私も目の前の安藤こと『ブス姫』と似たような表情を浮かべる。安藤が呆れたように言った。
「嫌なことは嫌だってちゃんと言わないと、人生損しますよ」
「お前だってそうじゃないか」
むっとして私が言い返すと、「誰が、いつ、私に対して失礼なことを言ったかを記録してるんです。あんまり耐えられなくなったら、出るとこ出でやろうと思って」
と恐ろしいことをサラリと放つ。
「何回ブス姫呼ばわりしたかも数えてるんですよ。今月一番多かったのは、春日部さんですね」
「そんなの数えて何が楽しいんだ」
「先輩も、発言には気をつけてくださいね」
言葉を失う私に、安藤は去り際に余計なひと言を添える。
「身長、伸びてるといいですね。健康診断」
「うるさい!」
私が怒鳴ると、安藤はケラケラ笑いながら相談室を出て行ってしまった。私はいら立ち紛れに、安藤の置いていったチョコレートを乱暴にかみ砕く。
今のは安藤の言うように、記録しておいた方がいいかもしれない。これは立派な侮辱罪だ。ああ、「お前も少しは痩せてるといいな」と言い返してやればよかった。
私の背が、もう少し高ければ。そう思わずにはいられない。あと、五センチでも高ければ。
人生は、変わっていたのだろうか。
「先輩、何かあったんですか?」
「いや、別に」
「またまた~。先輩が『別に』っていう時は大体機嫌が悪い時なんですよ。チョコ食べます?」
カラカラと箱を振りながら聞いてきたのは、後輩の安藤だ。
安藤美姫、別名『ブス姫』。
「いや、大丈夫だから」
「嘘。同じこと小野さんに言われたら、絶対貰ってたでしょ」
……否定はできない。
「先輩。そういう不器用で自分に正直なとこは良いと思いますけど、そんなんじゃモテませんよ」
やれやれと、安藤がパソコン越しに私を眺めている。何を偉そうに、自分だってモテないくせに。内心そう付け加えるのを忘れない。
「はいはい、モテない同士僻みあうのはやめましょう」
哀れむように、安藤が私の机にチョコを置く。一粒ではなく、箱ごと。
「なんか食べたくなって買ったんですけど、でも食べると太っちゃうから。かといって捨てるのももったいないし」
チョコの一つや二つで、何を今さら。そう思うほどに、彼女は手遅れだ。パンパンに膨れた制服がそれを物語っている。
確かに顔は名前負けしているかもしれない。少なくとも美人の部類でないことは確かだ。
けれどその体型さえどうにかすれば、まだ彼女には道が残されている。なぜ痩せようとしないのだろう。それが怠慢のようにも思えてきて、私は彼女を早く追いやってしまいたかった。
「まだ休憩時間じゃないだろ、こんなところで油を売ってると、主事に怒られるぞ」
「別に遊びに来たわけじゃありません。これ、健康診断のスケジュールと問診票です。来週頭から順番に皆さんに受けてもらいますから、ちゃんと問診票書いておいてくださいね」
安藤が脇に抱えた大判の封筒から、書類を数枚取り出して私に手渡す。
「全員に手渡しして配れって言われちゃって。そんな非効率なこと平気で指示してくるんですよ、あの人」
「そのほうが確実だからじゃないのか。警察官なんて身体が資本だろうに、忙しいを理由にサボるかもしれないだろ」
文句を垂れる後輩にそう諭すと、安藤は唇をつきあげ、不満そうに漏らした。
「そんなこと考えてないですよ、あの人。単に私に嫌がらせしたいだけなんだから」
「そんなことは」
「無いわけないじゃないですか。先輩だって、変なあだ名つけられちゃって。いい迷惑だって思わないんですか?」
「それは……」
思わず、私も目の前の安藤こと『ブス姫』と似たような表情を浮かべる。安藤が呆れたように言った。
「嫌なことは嫌だってちゃんと言わないと、人生損しますよ」
「お前だってそうじゃないか」
むっとして私が言い返すと、「誰が、いつ、私に対して失礼なことを言ったかを記録してるんです。あんまり耐えられなくなったら、出るとこ出でやろうと思って」
と恐ろしいことをサラリと放つ。
「何回ブス姫呼ばわりしたかも数えてるんですよ。今月一番多かったのは、春日部さんですね」
「そんなの数えて何が楽しいんだ」
「先輩も、発言には気をつけてくださいね」
言葉を失う私に、安藤は去り際に余計なひと言を添える。
「身長、伸びてるといいですね。健康診断」
「うるさい!」
私が怒鳴ると、安藤はケラケラ笑いながら相談室を出て行ってしまった。私はいら立ち紛れに、安藤の置いていったチョコレートを乱暴にかみ砕く。
今のは安藤の言うように、記録しておいた方がいいかもしれない。これは立派な侮辱罪だ。ああ、「お前も少しは痩せてるといいな」と言い返してやればよかった。
私の背が、もう少し高ければ。そう思わずにはいられない。あと、五センチでも高ければ。
人生は、変わっていたのだろうか。
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