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学び舎の祟り
学び舎の祟り-10
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校舎を出て、渡り廊下伝いに体育館の方へ。
その途中で廊下が分岐して、体育館とは別の、武道館、なんて重々しい名称の建物の方へ僕らは向かう。
この建物の一階は名称通り武道――僕が選択した柔道なんかもここだーーをやる所で、その二階にプールがある。
一応室内にあるんだけど、水泳の授業は夏の間だけ。贅沢なこの設備は、専ら水泳部の為にあるようなものだ。
そのくらい、この高校の水泳部は強いらしい。
「実は僕も、水泳ば選択しとるとばってん」
あれって夏ん間ちょっとやれば済むけん楽でよかね、そう前置いて佐倉君が続けた。
「水泳ん授業って、こうプールん真ん中にコースロープば置いて、男女別れて使うとるとんやけど」
最初に騒ぎがあったのは、女子がいる方だった、らしい。
「二十五メートルば泳ぎよる途中で、急に水面に沈んでしもうて。それから何かから逃げるみたいに、バシャバシャ水を掻き出して」
足でも攣ったのだろうか。そう心配して他のクラスメイトが助けに来て、事なきを得たのだと言う。
「それって、単に溺れただけなんじゃないの?」
「そぎゃんはずなかて思う。だって中村、水泳部やし」
なるほど、ならばその可能性は確かに低いか。
「でそん後もさ、授業は続いたんやけど」
ばってん、なんか足元に違和感があってと彼は言う。
「なにかがまとわりつくような感じ、っていうか。こう、足元が重かて言うか、時折何かが触るる、みたいな」
女子だけではなく、男子たちもそう騒ぎ始めたようだ。
「それは、二組の子だけ?」
「どうやろ。一学期ん後半から噂が出始めとったけん、なんとのうそう思うただけなんかもやけど」
階段を上ると、塩素の匂いが急に強くなる。バシャバシャという水音と、ホイッスルの音。
意気揚々と三人でぞろぞろプールに来たものの、プールは水泳部が使用中。
「これ、邪魔になっちゃうかな」
気後れする僕と、遠巻きに眺めている佐倉君をよそにルリが大声で水泳部員に声を掛ける。
「あのー、一学期にここで幽霊に足ば掴まれたって聞いたんですけど」
ほら、例の中村さんって子からも話聞けるかも、と彼女はノリノリだ。
すると、部活のリーダー格らしい女子が僕らの方へとつかつか歩いてきた。そして一言。
「何?邪魔なんやけど」
彼女の胸元には、3―1 北原 のゼッケン。
「……それは、すみません」
へらり、と僕らは頭をさげた。こういう時、一年生はどうにも肩身が狭い。
部活などに入っていなければあまり先輩後輩の関係もないけれど、それでも僕たち帰宅部でも立ち場の不利さは痛感する。
嫌そうな表情を隠そうともせずに、北原先輩は言う。
「もしかして、うちん部員が溺れた件、調べに来たと?」
「そうなんですけど」
「ほんとよかメーワクよね」
彼女は軽く舌打ちして、水面を睨んだ。
「仮にもうちん水泳部が溺れるなんて」
「ばってん、中村さんは何かに足ば掴まれたって」
「うちだって一年ん時からここで泳ぎよるけど、そぎゃん一度もなかとね」
大方恥ずかしゅうなって幽霊のせいにでもしたんじゃなかと、と彼女はそっけない。
「本当に、一度も?」
「ええ。噂自体はまあ、私だって知っとる。ばってん、そぎゃんこと一度も」
「騒ぎがあった日、水泳部の活動はあったんですか?」
「さあ、良う覚えとらんな……ああ、でも確か、何とのう気味が悪かけん、水だけでん替えようってことになって」
それで、そん日とそん翌日は活動が出来んかった、、と彼女は不服そうに言った。
「大会だって近かったんに、無駄ばことして」
「気味が悪い、ってのは?」
ルリの問いに、少し思い出すように眉を寄せてから、
「ああ、そうや。確かにこう……なんか、水が粘っこかっていうか、べたべたするっていうか。まとわりつく感じはあったんや」
それで、なんか泳ぎづらかともあって水ば替えたんやっけ、と北原さんが納得したようにうなずいた。
水が粘っこい。まとわりつく感じがする。
佐倉君も同じようなことを言っていたけれど、これは怪現象と関連があるのだろうか。
「水を替えてから、似たようなことはありましたか?」
「それ以来は大丈夫やったけど」
そっけなく先輩は答えた。
「そういや、今日中村さんっていますか?」
溺れた当の本人。彼女に話を聞くのが、一番手っ取り早い気もするけれど。
「中村さん、二学期になってからほとんど学校にも来とらんのや」
ルリの問いには、佐倉君が答えた。
「なんかトラウマになってしもうたんて」
「ほんと、もったいなか」
北原先輩は、軽く苛立ったように息を吐いた。
「ちゃんと練習しとりゃ、大会でだってよか成績残せたかもしれんのに」
ないのに」
その途中で廊下が分岐して、体育館とは別の、武道館、なんて重々しい名称の建物の方へ僕らは向かう。
この建物の一階は名称通り武道――僕が選択した柔道なんかもここだーーをやる所で、その二階にプールがある。
一応室内にあるんだけど、水泳の授業は夏の間だけ。贅沢なこの設備は、専ら水泳部の為にあるようなものだ。
そのくらい、この高校の水泳部は強いらしい。
「実は僕も、水泳ば選択しとるとばってん」
あれって夏ん間ちょっとやれば済むけん楽でよかね、そう前置いて佐倉君が続けた。
「水泳ん授業って、こうプールん真ん中にコースロープば置いて、男女別れて使うとるとんやけど」
最初に騒ぎがあったのは、女子がいる方だった、らしい。
「二十五メートルば泳ぎよる途中で、急に水面に沈んでしもうて。それから何かから逃げるみたいに、バシャバシャ水を掻き出して」
足でも攣ったのだろうか。そう心配して他のクラスメイトが助けに来て、事なきを得たのだと言う。
「それって、単に溺れただけなんじゃないの?」
「そぎゃんはずなかて思う。だって中村、水泳部やし」
なるほど、ならばその可能性は確かに低いか。
「でそん後もさ、授業は続いたんやけど」
ばってん、なんか足元に違和感があってと彼は言う。
「なにかがまとわりつくような感じ、っていうか。こう、足元が重かて言うか、時折何かが触るる、みたいな」
女子だけではなく、男子たちもそう騒ぎ始めたようだ。
「それは、二組の子だけ?」
「どうやろ。一学期ん後半から噂が出始めとったけん、なんとのうそう思うただけなんかもやけど」
階段を上ると、塩素の匂いが急に強くなる。バシャバシャという水音と、ホイッスルの音。
意気揚々と三人でぞろぞろプールに来たものの、プールは水泳部が使用中。
「これ、邪魔になっちゃうかな」
気後れする僕と、遠巻きに眺めている佐倉君をよそにルリが大声で水泳部員に声を掛ける。
「あのー、一学期にここで幽霊に足ば掴まれたって聞いたんですけど」
ほら、例の中村さんって子からも話聞けるかも、と彼女はノリノリだ。
すると、部活のリーダー格らしい女子が僕らの方へとつかつか歩いてきた。そして一言。
「何?邪魔なんやけど」
彼女の胸元には、3―1 北原 のゼッケン。
「……それは、すみません」
へらり、と僕らは頭をさげた。こういう時、一年生はどうにも肩身が狭い。
部活などに入っていなければあまり先輩後輩の関係もないけれど、それでも僕たち帰宅部でも立ち場の不利さは痛感する。
嫌そうな表情を隠そうともせずに、北原先輩は言う。
「もしかして、うちん部員が溺れた件、調べに来たと?」
「そうなんですけど」
「ほんとよかメーワクよね」
彼女は軽く舌打ちして、水面を睨んだ。
「仮にもうちん水泳部が溺れるなんて」
「ばってん、中村さんは何かに足ば掴まれたって」
「うちだって一年ん時からここで泳ぎよるけど、そぎゃん一度もなかとね」
大方恥ずかしゅうなって幽霊のせいにでもしたんじゃなかと、と彼女はそっけない。
「本当に、一度も?」
「ええ。噂自体はまあ、私だって知っとる。ばってん、そぎゃんこと一度も」
「騒ぎがあった日、水泳部の活動はあったんですか?」
「さあ、良う覚えとらんな……ああ、でも確か、何とのう気味が悪かけん、水だけでん替えようってことになって」
それで、そん日とそん翌日は活動が出来んかった、、と彼女は不服そうに言った。
「大会だって近かったんに、無駄ばことして」
「気味が悪い、ってのは?」
ルリの問いに、少し思い出すように眉を寄せてから、
「ああ、そうや。確かにこう……なんか、水が粘っこかっていうか、べたべたするっていうか。まとわりつく感じはあったんや」
それで、なんか泳ぎづらかともあって水ば替えたんやっけ、と北原さんが納得したようにうなずいた。
水が粘っこい。まとわりつく感じがする。
佐倉君も同じようなことを言っていたけれど、これは怪現象と関連があるのだろうか。
「水を替えてから、似たようなことはありましたか?」
「それ以来は大丈夫やったけど」
そっけなく先輩は答えた。
「そういや、今日中村さんっていますか?」
溺れた当の本人。彼女に話を聞くのが、一番手っ取り早い気もするけれど。
「中村さん、二学期になってからほとんど学校にも来とらんのや」
ルリの問いには、佐倉君が答えた。
「なんかトラウマになってしもうたんて」
「ほんと、もったいなか」
北原先輩は、軽く苛立ったように息を吐いた。
「ちゃんと練習しとりゃ、大会でだってよか成績残せたかもしれんのに」
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