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学び舎の祟り
学び舎の祟り-2
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「一学期ん後半から、なんかちょっとおかしいな、って思うてはいたんやけど」
僕らの視線を受けて、ミズホが話し始める。
「大したことやないんだけど、体育の授業中に転んだりとか、階段に躓いたりだとか」
「それって、ただそん人がうっかりしとっただけやろ」
少し不機嫌そうに、白石さんが唇を尖らせる。
食べかけのお弁当の上で、箸がぼんやりと浮いている。
「そりゃあそうかもだけど、でも今からしてみると、そうだったんだって」
あれは予兆だったんだよ、と勝手にミズホは白石さんのお弁当からおかずをつまんで、口に放り込みながら言った。
「あっ、ちょっと」
白石さんが慌てるが後の祭り。
「ふおれがどんどんエスカレートしへっへ」
ごくん。ハンバーグが彼女の胃の中に吸い込まれていく。
「しまいにはプールの授業中に、足を誰かに引っ張られたって」
「もう、勝手に食べないでよ!」
「よかとね、たくさんあるんやし」
悪びれた様子もなく、ミズホは話を続ける。
「足を引っ張られた子は、ちょっと水を飲んじゃったくらいで済んだんやけど。絶対足首を掴まれたって言っとるし、しかも一人だけじゃないんよね」
深刻そうに、彼女は腕を組んでいる。そういえば、クラスの誰かがそんなことを言っていた気もする。
二組、やっぱりヤバいって。
この学校の体育は通常の授業と選択制のものと二種類あって、学年ごとに選択した授業を週に一回受けることになっている。
(ちなみに僕は柔道を選択したけれど、ちっとも上手くならない)。
で、一年生のうち水泳を選んだ子たちが集まって授業を受けるんだけど、その後にそんなことがあったと騒いでいたっけ。
私も触られたかもだとか、ジャリジャリだかベタベタするだとか。
あれも、二組の人間だけが被害に遭ったというのだろうか。
それにしてもプールで足を掴まれる、だなんて。
なんだかどこにでもありそうな学校の怪談みたいだけれど。
そう思ったのは僕だけじゃなかったようで、
「それってあれやなかと?七不思議、ってやつ」
と白石さんが箸を置きながら答えた。
「宇土北にも確かあったよね、そんなの」
古今東西、どこにでもある、なぜか似たような話。
なんで学校にばかりそんな話があるのかは知らないけれど、東京の中学でもそんな話はあった。
「そうそう、理科室の人体模型が襲い掛かってくるとか、屋上に行くとそこから飛び降り自殺した子の霊に突き落とされるとか」
ミズホはうなずきながら言った。
「でもさ、それだったらさ、なにも二組ばっかりで起こるってこと、あり得なくない?」
だって一組でそんな目に遭った子いる?
そう問われて、白石さんと僕は首を横に振った。そんな話、聞いたことがない。
「で、夏休みに入ってさ。そん間に、ミヤちゃんは車に轢かれそうになるし、ジュンは歩道橋から落ちて骨折するし、そんなことがあって」
「でもそれって、ただの事故……偶然なんじゃなかと?」
困惑したように白石さんが口を開いた。
そうだ、ただの偶然。世の中のほとんどは偶然だ。
たまたま、そんなことが重なった、だけなんじゃないのだろうか。
「でも階段から落ちた子、七瀬をいじめてたグループん子なんだよね」
ミズホにしてはひどく抑えられた声で、彼女は呟いた。
「あの子、一部の女子からいじめられてて」
「いじめ?」
そんなもの、この学校で、同じ学年の同級生が行っているのか。
そう思うと、なんだかさらに口の中が渇く気がした。
「そ。まああからさまじゃないけどさ。ちょっと陰湿な感じ?悪口言ったりやとか、物を隠すとか」
まあちょっとガキっぽいとこあんだよね、あの子たちのグループ。そう言って彼女は続けた。
「で、二学期になってさ、さっそく最初の授業ね、理科の実験中に、急に棚の中の物が飛び出てきて」
そう言えば、ちょっとした騒ぎになっていたような。
飛び散ったガラス片で、何人かが負傷したと言っていた。
「不幸中の幸いっていうか、ちょうど棚からみんな離れとったけん、よかったけど」
実験で使う道具がたまたま一つ足りなくて、不幸にも道具を割り当てられなかった六班のメンバーは、各班に分かれて実験に参加したのだという。
「ってルリもケンちゃんから聞いたやろ?」
当り前、というようにミズホが言った。
「確かアイツもどっか怪我してたみたいやし」
「……そうなんだ」
ぼそり、と白石さんが言葉を返す。
「そうなんだ、って聞いとらんの?」
けれど気にする様子もなく、彼女はまくし立てる。
「ほら、アタシだってここ、切ってしもうて。棚から一番近か四班でさあ、ほんと最悪」
痛かったんだから、とミズホは大きな絆創膏が貼られた手の甲を僕らに見せた。
「ひどくない?アタシ別に……まあちょっと空気読んでさ、あんまりあの子と関わらないようにしてはいたけどさ。きっと、四班に七瀬をいじめてた大木がいたからだよね、うちん班だけ怪我してさあ。ほんととばっちりだよ」
「それもその、七瀬って人がやったって言うの?」
おずおずと僕は口を挟んだ。
理科室の棚は僕も見たことがある。中にガラスのビーカーやホルマリン漬けのカエルなんかが置いてある棚。
それを、離れた場所から同行できるとも思えなかったけれど。
「さすがに直接どうこうしたわけないじゃん。だから、きっと祟りなんよ」
怖くない?と彼女は自分の両腕を抱きしめる仕草をする。
「祟りって」
さすがにうんざりしたのか、白石さんは真面目に話を聞くのをやめて、弁当の残りを食べ始めた。
「だって、うちのクラスだけ被害に遭うのおかしいじゃん。あれじゃない?七瀬がさ、七不思議の幽霊を使って、うちらに復讐してるんよ」
理科室の棚も、人体模型を操って倒したんだよ、などとまでミズホ言い出した。
「だってアタシも、棚が倒れる前にカタカタって、人形が笑うような声を聞いたし」
「だから、普通のjKがそぎゃんできるわけないじゃん」
この突拍子もない発言に呆れたのか、白石さんは大きなため息をついた。
「その七瀬って子、超能力者とか霊能力者とかなの?」
それか、僕たちみたいに神様の知り合いがいるか。あるいは悪魔なのかもしれないけれど。
そうでもしなきゃ、人間にそんな不思議なことが出来るとは思えない。
「わかんないけどさ、なんか変なお守りみたいん持っとるらしいし。こう、蛇が絡んだ棒みたいなやつ。怪しくない?」
そう言われて、僕は思わず胸元に手をやった。
僕だって、お守りは持っている。ただの黒い石だけど、これだって怪しいと言われてしまうのだろうか。
「しかも、ここだけの話やけどさ」
さらに声を潜め、ミズホは言った。
「七瀬さん、やばいクスリもやっとるみたいだし」
箸を止めて、怪訝そうに白石さんが聞き返す。
「薬?」
「そ。トイレにこそこそ隠れてさ、注射打ってるの見たって」
決定的瞬間ってやつ、とミズホはなぜか嬉しそうに話す。
「あの子モデルかってくらいに痩せてるしさ、なんかやってるのは確かだと思うんよね」
「でも……学校のトイレでそんなことする?」
「そりゃあ、するよ。だって禁断症状とかあるんやろ」
「でも、そういうの……いわゆる麻薬とか覚せい剤とかって、高いんじゃなかと?」
「七瀬の家お金持ちみたいやし。お小遣いで買っとるんじゃないの?」
あまりに話が突拍子もない気がしたのは僕だけではなかったようで、隣で白石さんも眉をひそめている。
「でも、全部ミズホの憶測でしょ?」
「そうじゃなかと、ちゃんと見た人もいるし、みんなそう言ってるもん」
そう彼女が言い切ったところで、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。
「ねえ、七瀬の祟り、やめさせられんかな」
去り際に、ミズホが言う。
「このままじゃ、もっとひどい目に遭うかもだし。前みたいに何とかしてよ」
じゃあよろしくね、と彼女は逃げるように教室を後にする。
結局僕はパンを二口かじっただけで、白石さんだってお弁当を食べきれてなくて、いそいそと布に包み直している。
もったいないな、あれ。せっかくおいしそうだったのに。
ちょっと、ミズホのことが嫌いになった。
僕らの視線を受けて、ミズホが話し始める。
「大したことやないんだけど、体育の授業中に転んだりとか、階段に躓いたりだとか」
「それって、ただそん人がうっかりしとっただけやろ」
少し不機嫌そうに、白石さんが唇を尖らせる。
食べかけのお弁当の上で、箸がぼんやりと浮いている。
「そりゃあそうかもだけど、でも今からしてみると、そうだったんだって」
あれは予兆だったんだよ、と勝手にミズホは白石さんのお弁当からおかずをつまんで、口に放り込みながら言った。
「あっ、ちょっと」
白石さんが慌てるが後の祭り。
「ふおれがどんどんエスカレートしへっへ」
ごくん。ハンバーグが彼女の胃の中に吸い込まれていく。
「しまいにはプールの授業中に、足を誰かに引っ張られたって」
「もう、勝手に食べないでよ!」
「よかとね、たくさんあるんやし」
悪びれた様子もなく、ミズホは話を続ける。
「足を引っ張られた子は、ちょっと水を飲んじゃったくらいで済んだんやけど。絶対足首を掴まれたって言っとるし、しかも一人だけじゃないんよね」
深刻そうに、彼女は腕を組んでいる。そういえば、クラスの誰かがそんなことを言っていた気もする。
二組、やっぱりヤバいって。
この学校の体育は通常の授業と選択制のものと二種類あって、学年ごとに選択した授業を週に一回受けることになっている。
(ちなみに僕は柔道を選択したけれど、ちっとも上手くならない)。
で、一年生のうち水泳を選んだ子たちが集まって授業を受けるんだけど、その後にそんなことがあったと騒いでいたっけ。
私も触られたかもだとか、ジャリジャリだかベタベタするだとか。
あれも、二組の人間だけが被害に遭ったというのだろうか。
それにしてもプールで足を掴まれる、だなんて。
なんだかどこにでもありそうな学校の怪談みたいだけれど。
そう思ったのは僕だけじゃなかったようで、
「それってあれやなかと?七不思議、ってやつ」
と白石さんが箸を置きながら答えた。
「宇土北にも確かあったよね、そんなの」
古今東西、どこにでもある、なぜか似たような話。
なんで学校にばかりそんな話があるのかは知らないけれど、東京の中学でもそんな話はあった。
「そうそう、理科室の人体模型が襲い掛かってくるとか、屋上に行くとそこから飛び降り自殺した子の霊に突き落とされるとか」
ミズホはうなずきながら言った。
「でもさ、それだったらさ、なにも二組ばっかりで起こるってこと、あり得なくない?」
だって一組でそんな目に遭った子いる?
そう問われて、白石さんと僕は首を横に振った。そんな話、聞いたことがない。
「で、夏休みに入ってさ。そん間に、ミヤちゃんは車に轢かれそうになるし、ジュンは歩道橋から落ちて骨折するし、そんなことがあって」
「でもそれって、ただの事故……偶然なんじゃなかと?」
困惑したように白石さんが口を開いた。
そうだ、ただの偶然。世の中のほとんどは偶然だ。
たまたま、そんなことが重なった、だけなんじゃないのだろうか。
「でも階段から落ちた子、七瀬をいじめてたグループん子なんだよね」
ミズホにしてはひどく抑えられた声で、彼女は呟いた。
「あの子、一部の女子からいじめられてて」
「いじめ?」
そんなもの、この学校で、同じ学年の同級生が行っているのか。
そう思うと、なんだかさらに口の中が渇く気がした。
「そ。まああからさまじゃないけどさ。ちょっと陰湿な感じ?悪口言ったりやとか、物を隠すとか」
まあちょっとガキっぽいとこあんだよね、あの子たちのグループ。そう言って彼女は続けた。
「で、二学期になってさ、さっそく最初の授業ね、理科の実験中に、急に棚の中の物が飛び出てきて」
そう言えば、ちょっとした騒ぎになっていたような。
飛び散ったガラス片で、何人かが負傷したと言っていた。
「不幸中の幸いっていうか、ちょうど棚からみんな離れとったけん、よかったけど」
実験で使う道具がたまたま一つ足りなくて、不幸にも道具を割り当てられなかった六班のメンバーは、各班に分かれて実験に参加したのだという。
「ってルリもケンちゃんから聞いたやろ?」
当り前、というようにミズホが言った。
「確かアイツもどっか怪我してたみたいやし」
「……そうなんだ」
ぼそり、と白石さんが言葉を返す。
「そうなんだ、って聞いとらんの?」
けれど気にする様子もなく、彼女はまくし立てる。
「ほら、アタシだってここ、切ってしもうて。棚から一番近か四班でさあ、ほんと最悪」
痛かったんだから、とミズホは大きな絆創膏が貼られた手の甲を僕らに見せた。
「ひどくない?アタシ別に……まあちょっと空気読んでさ、あんまりあの子と関わらないようにしてはいたけどさ。きっと、四班に七瀬をいじめてた大木がいたからだよね、うちん班だけ怪我してさあ。ほんととばっちりだよ」
「それもその、七瀬って人がやったって言うの?」
おずおずと僕は口を挟んだ。
理科室の棚は僕も見たことがある。中にガラスのビーカーやホルマリン漬けのカエルなんかが置いてある棚。
それを、離れた場所から同行できるとも思えなかったけれど。
「さすがに直接どうこうしたわけないじゃん。だから、きっと祟りなんよ」
怖くない?と彼女は自分の両腕を抱きしめる仕草をする。
「祟りって」
さすがにうんざりしたのか、白石さんは真面目に話を聞くのをやめて、弁当の残りを食べ始めた。
「だって、うちのクラスだけ被害に遭うのおかしいじゃん。あれじゃない?七瀬がさ、七不思議の幽霊を使って、うちらに復讐してるんよ」
理科室の棚も、人体模型を操って倒したんだよ、などとまでミズホ言い出した。
「だってアタシも、棚が倒れる前にカタカタって、人形が笑うような声を聞いたし」
「だから、普通のjKがそぎゃんできるわけないじゃん」
この突拍子もない発言に呆れたのか、白石さんは大きなため息をついた。
「その七瀬って子、超能力者とか霊能力者とかなの?」
それか、僕たちみたいに神様の知り合いがいるか。あるいは悪魔なのかもしれないけれど。
そうでもしなきゃ、人間にそんな不思議なことが出来るとは思えない。
「わかんないけどさ、なんか変なお守りみたいん持っとるらしいし。こう、蛇が絡んだ棒みたいなやつ。怪しくない?」
そう言われて、僕は思わず胸元に手をやった。
僕だって、お守りは持っている。ただの黒い石だけど、これだって怪しいと言われてしまうのだろうか。
「しかも、ここだけの話やけどさ」
さらに声を潜め、ミズホは言った。
「七瀬さん、やばいクスリもやっとるみたいだし」
箸を止めて、怪訝そうに白石さんが聞き返す。
「薬?」
「そ。トイレにこそこそ隠れてさ、注射打ってるの見たって」
決定的瞬間ってやつ、とミズホはなぜか嬉しそうに話す。
「あの子モデルかってくらいに痩せてるしさ、なんかやってるのは確かだと思うんよね」
「でも……学校のトイレでそんなことする?」
「そりゃあ、するよ。だって禁断症状とかあるんやろ」
「でも、そういうの……いわゆる麻薬とか覚せい剤とかって、高いんじゃなかと?」
「七瀬の家お金持ちみたいやし。お小遣いで買っとるんじゃないの?」
あまりに話が突拍子もない気がしたのは僕だけではなかったようで、隣で白石さんも眉をひそめている。
「でも、全部ミズホの憶測でしょ?」
「そうじゃなかと、ちゃんと見た人もいるし、みんなそう言ってるもん」
そう彼女が言い切ったところで、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。
「ねえ、七瀬の祟り、やめさせられんかな」
去り際に、ミズホが言う。
「このままじゃ、もっとひどい目に遭うかもだし。前みたいに何とかしてよ」
じゃあよろしくね、と彼女は逃げるように教室を後にする。
結局僕はパンを二口かじっただけで、白石さんだってお弁当を食べきれてなくて、いそいそと布に包み直している。
もったいないな、あれ。せっかくおいしそうだったのに。
ちょっと、ミズホのことが嫌いになった。
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