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あの子が欲しい
あの子が欲しい-12
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「ばってん、あん時んナオ、カッコよかった」
落ち込む僕に、白石さんが笑いかける。
「うちば助けようとしてくれたんばいね」
「うん、結局役に立ってないけど」
その笑みにどぎまぎして、僕は返す。
「そんなことないよ」
「ううん、ありがとう」
「おい」
丸藤さんが、白石さんを軽く睨みつけた。
「もとはと言えば、お前が一番無茶するからだろ」
丸藤さんは僕の肩から手を離すと、白石さんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「みんな心配したんだぞ」
「だから、ごめんって」
「ごめんで済むか。俺はアイツを許さないからな」
彼はそう言うと、軽く目を瞑る。
「だからこれから、犯人に対して罰を執行する」
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
その数秒ののち。
「これで、あの子はしばらく腹痛に見舞われるだろう。……それこそ受験なんてどうでもよくなるほどの」
それでもあの子の親たちはきっと、子供の身体を心配してくれるだろう。と彼は呟いた。
「きっと、愛情の矛先をはき違えてるだけだ。……そうだといいんだが」
落ちてきた日が、僕らの影を長く伸ばす。
夏休みは、もうすぐ終わろうとしている。ヒグラシが、それを憂うかのように鳴いている。
その声の間を縫って、声が聞こえた。
「ルリ」
この、舌っ足らずな声は。
「わるかった、ほんとごめん」
駆けてきたのだろう、はあはあと荒い息の中、すがるような声で謝って来たのはユウの兄ことケンちゃんだった。
「ケンちゃん。……どうしたの?」
困惑気味に、白石さんが問う。さっきは、なんにもしてくれなかったのに?
そう彼女が思っているように見えたのは僕だけだろうか。
「うちん親あんなんやけん、下手なこと言うと余計めんどくさいし」
そう言って彼は今にも泣きそうな笑みを浮かべた。
「ほんとごめん。……俺、ほんとダメやから」
そして、へらりと笑った。
「ほんとダメなんや、スグルみたいに賢うないし、ほんと、情けのうて」
そして再びへらへらと笑った。
「お前、この期に及んで……!」
険しい顔つきを見せる丸藤と父親の肩に手を置いて、白石さんはそんなことないよ、と呟いた。
「ケンちゃんはやっぱり優しゅうて、かっこよか。全然、ダメなんかじゃなかとね」
その言葉に、彼は軽薄な笑みを引っ込める。落ち着かない瞳が、不安げにこちらを見てくる。
きっとこれが、この人の本当の素顔なんだろう。
「ばってん、あんなことあったしさ」
低い声で、白石さんが言った。
「きっと、ケンちゃんのお父さんとお母さん、困るて思うけん」
別れた方がいい、と彼女は言い切った。
「……だよな」
そう返す彼の声は、悲しいような、けれど安堵したような声だった。
きっと、親から何か言われたのだろう。
彼は、親の期待を裏切れるほど、悪い奴じゃない。
「なんてね」
うなだれるケンに、白石さんはほほ笑みかけた。
「ほんとは、ほんなこつ好きな人がでけたけん」
その声で、彼は顔を上げた。そして、自分を睨んでくる黒ずくめの姿を認めると、情けない顔をしてくるりと背を向けた。
ピコン。
そして、急に鳴り出したスマホを取り出すと、慌てたように駆けていく。
「きっと今頃、弟が腹を痛めてるんだろう。結局それを心配する。そういうやつなんだな、あいつは」
唇の端を持ち上げる丸藤さんに、白石さんが目線を向けた。
ああ、これはきっと、多分。
「じゃあ、わたしはこれで」
伸びた二人の影を蹴って、わたしは彼らと別れた。
落ち込む僕に、白石さんが笑いかける。
「うちば助けようとしてくれたんばいね」
「うん、結局役に立ってないけど」
その笑みにどぎまぎして、僕は返す。
「そんなことないよ」
「ううん、ありがとう」
「おい」
丸藤さんが、白石さんを軽く睨みつけた。
「もとはと言えば、お前が一番無茶するからだろ」
丸藤さんは僕の肩から手を離すと、白石さんの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「みんな心配したんだぞ」
「だから、ごめんって」
「ごめんで済むか。俺はアイツを許さないからな」
彼はそう言うと、軽く目を瞑る。
「だからこれから、犯人に対して罰を執行する」
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
その数秒ののち。
「これで、あの子はしばらく腹痛に見舞われるだろう。……それこそ受験なんてどうでもよくなるほどの」
それでもあの子の親たちはきっと、子供の身体を心配してくれるだろう。と彼は呟いた。
「きっと、愛情の矛先をはき違えてるだけだ。……そうだといいんだが」
落ちてきた日が、僕らの影を長く伸ばす。
夏休みは、もうすぐ終わろうとしている。ヒグラシが、それを憂うかのように鳴いている。
その声の間を縫って、声が聞こえた。
「ルリ」
この、舌っ足らずな声は。
「わるかった、ほんとごめん」
駆けてきたのだろう、はあはあと荒い息の中、すがるような声で謝って来たのはユウの兄ことケンちゃんだった。
「ケンちゃん。……どうしたの?」
困惑気味に、白石さんが問う。さっきは、なんにもしてくれなかったのに?
そう彼女が思っているように見えたのは僕だけだろうか。
「うちん親あんなんやけん、下手なこと言うと余計めんどくさいし」
そう言って彼は今にも泣きそうな笑みを浮かべた。
「ほんとごめん。……俺、ほんとダメやから」
そして、へらりと笑った。
「ほんとダメなんや、スグルみたいに賢うないし、ほんと、情けのうて」
そして再びへらへらと笑った。
「お前、この期に及んで……!」
険しい顔つきを見せる丸藤と父親の肩に手を置いて、白石さんはそんなことないよ、と呟いた。
「ケンちゃんはやっぱり優しゅうて、かっこよか。全然、ダメなんかじゃなかとね」
その言葉に、彼は軽薄な笑みを引っ込める。落ち着かない瞳が、不安げにこちらを見てくる。
きっとこれが、この人の本当の素顔なんだろう。
「ばってん、あんなことあったしさ」
低い声で、白石さんが言った。
「きっと、ケンちゃんのお父さんとお母さん、困るて思うけん」
別れた方がいい、と彼女は言い切った。
「……だよな」
そう返す彼の声は、悲しいような、けれど安堵したような声だった。
きっと、親から何か言われたのだろう。
彼は、親の期待を裏切れるほど、悪い奴じゃない。
「なんてね」
うなだれるケンに、白石さんはほほ笑みかけた。
「ほんとは、ほんなこつ好きな人がでけたけん」
その声で、彼は顔を上げた。そして、自分を睨んでくる黒ずくめの姿を認めると、情けない顔をしてくるりと背を向けた。
ピコン。
そして、急に鳴り出したスマホを取り出すと、慌てたように駆けていく。
「きっと今頃、弟が腹を痛めてるんだろう。結局それを心配する。そういうやつなんだな、あいつは」
唇の端を持ち上げる丸藤さんに、白石さんが目線を向けた。
ああ、これはきっと、多分。
「じゃあ、わたしはこれで」
伸びた二人の影を蹴って、わたしは彼らと別れた。
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