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視えるもの
視えるものー8
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そう思って、僕も立ち上がると探偵のそばに近寄った。このペンダントがあれば、僕にだって見えるかもしれない。
けれど神々のおしゃべりなど聞こえもせず、お香と果物と花の匂いがまざった、よどんだ空気がそこにはあるだけだった。
「何をそんなに熱心に見てるんですか?」
声を掛けられて、我に返ったように探偵が振り向いた。
「いや。……これは、本当に本物なのか?」
首を傾げつつ丸藤さんが口を開く。
「何言ってるんです、さっき自分でも言ってたじゃないですか、偽物には見えないって」
「それは、どういう」
長い眉を寄せて、住職が掠れた声で言った。
「これは、正真正銘本物の……」
「仏像が本物であることはちがいないだろう」
きっぱりと丸藤さんは言い切った。おかしい、矛盾してる。いくら神様ったって、この暑いのに全身黒の長そでなんかでいるから、おかしくなっちゃったんじゃなかろうか。
そう思ったのは僕だけではなかったようで、
「どうやら探偵殿は、暑さでやられとるらしい」と住職は僕の方をちらりと見た。
「そうみたいです。その、水を」
言いかけてふと思う。石を食べたところしか見ていないけれど、この人は水分とか摂るのだろうか。
「水でも、掛けておけば……」
今度は、焼け石に水、と言う言葉が僕の頭に浮かんだ。
「俺を役に立たない物みたいに言うのはやめろ」
怖い顔で丸藤さんが僕を睨んだ。
「俺が言いたいのは、仏像も所詮は偶像に過ぎなく、そしてこの像に神は宿っていない、ということだ」
ふう、と大仰にため息をついて見せてから、彼はぴしりと仏像を指さした。
「依り代がなんであれ、神がそこにいることが重要だ。けれどこれには、その気配がない」
「気配がなかって、なしてあんたにわかるんばい」
びっくりした様子で、住職が丸藤さんに聞き返す。そりゃあそうだろう、彼の正体について知らない人からすれば、ただの暑苦しくて態度の悪い兄ちゃんにしか丸藤さんは見えない。僕だって、最初会ったときは面倒な人に声を掛けちゃったって後悔したくらいだ。
「それはまあ、そういうものだから」
へたくそな言い訳をごにょごにょと呟いて、彼はお堂に背を向ける。
「とにかく、もうここに用はない。帰るぞ」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
監視カメラの映像を調べたりとか、犯人の逃避ルートとか検証しなくていいんですか、と喚く僕の声を背に、探偵はさっさと靴――これまた黒の革靴で、まるで葬式帰りみたいだ――を穿くと、振り返りもせずに行ってしまう。
「その、すみませんでした」
僕は慌てて住職にぺこりと頭を下げる。なんとまあ、傍若無人な態度だろう。いくら神様だからって、それを大切に信仰している人に向かって、神はいないだなんて。
「そうか、仏様は、あん仏像にはいらっしゃらんのか……」
まさか本当に信じたのだろうか。ぽそりと呟く住職に、僕は靴を履くのに苦労しながら声を掛けた。
「その、気にしないでください」
けれど、あの人は本物だ。僕は胸元のペンダントを握りしめる。昼間の間は幸いにも墓地の住人は寝ているのか出くわさなくて済んだけれど、彼の力のおかげで、僕みたいな何もない人間が視えるようになったのは本当だし。
と言うことは、たぶん彼の言うことは本当なのだ。
あの仏像に、神は宿っていない。
「ちょっとあの人、変わってるから」
うつむく住職に僕が掛けたのは、そんな言葉だった。確かにあの人は変わってる。元人間の神様。その彼が、嘘をついたとも思えない。けれど、生きている人間には嘘が必要だ。
「こんな大事に祀られてるんです、いないわけないじゃないですか」
必死に励ます僕の声など聞こえていない様子で、おじいさんは遠くを見つめた。あたりには蝉の声と、かすかに残る煙の匂い。
「仏様は、どこにいらっしゃったんか」
そう呟く住職の声は、悲しそうで、けれど少し上ずっていた。
けれど神々のおしゃべりなど聞こえもせず、お香と果物と花の匂いがまざった、よどんだ空気がそこにはあるだけだった。
「何をそんなに熱心に見てるんですか?」
声を掛けられて、我に返ったように探偵が振り向いた。
「いや。……これは、本当に本物なのか?」
首を傾げつつ丸藤さんが口を開く。
「何言ってるんです、さっき自分でも言ってたじゃないですか、偽物には見えないって」
「それは、どういう」
長い眉を寄せて、住職が掠れた声で言った。
「これは、正真正銘本物の……」
「仏像が本物であることはちがいないだろう」
きっぱりと丸藤さんは言い切った。おかしい、矛盾してる。いくら神様ったって、この暑いのに全身黒の長そでなんかでいるから、おかしくなっちゃったんじゃなかろうか。
そう思ったのは僕だけではなかったようで、
「どうやら探偵殿は、暑さでやられとるらしい」と住職は僕の方をちらりと見た。
「そうみたいです。その、水を」
言いかけてふと思う。石を食べたところしか見ていないけれど、この人は水分とか摂るのだろうか。
「水でも、掛けておけば……」
今度は、焼け石に水、と言う言葉が僕の頭に浮かんだ。
「俺を役に立たない物みたいに言うのはやめろ」
怖い顔で丸藤さんが僕を睨んだ。
「俺が言いたいのは、仏像も所詮は偶像に過ぎなく、そしてこの像に神は宿っていない、ということだ」
ふう、と大仰にため息をついて見せてから、彼はぴしりと仏像を指さした。
「依り代がなんであれ、神がそこにいることが重要だ。けれどこれには、その気配がない」
「気配がなかって、なしてあんたにわかるんばい」
びっくりした様子で、住職が丸藤さんに聞き返す。そりゃあそうだろう、彼の正体について知らない人からすれば、ただの暑苦しくて態度の悪い兄ちゃんにしか丸藤さんは見えない。僕だって、最初会ったときは面倒な人に声を掛けちゃったって後悔したくらいだ。
「それはまあ、そういうものだから」
へたくそな言い訳をごにょごにょと呟いて、彼はお堂に背を向ける。
「とにかく、もうここに用はない。帰るぞ」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
監視カメラの映像を調べたりとか、犯人の逃避ルートとか検証しなくていいんですか、と喚く僕の声を背に、探偵はさっさと靴――これまた黒の革靴で、まるで葬式帰りみたいだ――を穿くと、振り返りもせずに行ってしまう。
「その、すみませんでした」
僕は慌てて住職にぺこりと頭を下げる。なんとまあ、傍若無人な態度だろう。いくら神様だからって、それを大切に信仰している人に向かって、神はいないだなんて。
「そうか、仏様は、あん仏像にはいらっしゃらんのか……」
まさか本当に信じたのだろうか。ぽそりと呟く住職に、僕は靴を履くのに苦労しながら声を掛けた。
「その、気にしないでください」
けれど、あの人は本物だ。僕は胸元のペンダントを握りしめる。昼間の間は幸いにも墓地の住人は寝ているのか出くわさなくて済んだけれど、彼の力のおかげで、僕みたいな何もない人間が視えるようになったのは本当だし。
と言うことは、たぶん彼の言うことは本当なのだ。
あの仏像に、神は宿っていない。
「ちょっとあの人、変わってるから」
うつむく住職に僕が掛けたのは、そんな言葉だった。確かにあの人は変わってる。元人間の神様。その彼が、嘘をついたとも思えない。けれど、生きている人間には嘘が必要だ。
「こんな大事に祀られてるんです、いないわけないじゃないですか」
必死に励ます僕の声など聞こえていない様子で、おじいさんは遠くを見つめた。あたりには蝉の声と、かすかに残る煙の匂い。
「仏様は、どこにいらっしゃったんか」
そう呟く住職の声は、悲しそうで、けれど少し上ずっていた。
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