丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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帰る道

帰る道-9

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翌日母さんは仕事を休んだ。昨日、足を掴まれた、のだという。

母さんの細い足首には、確かに誰かに掴まれたかのような手の跡が赤くくっきり残っていた。
「痣になっちゃったみたいで……」
そこを隠すように母はシップを上から貼ると、「ほらもう学校行く時間でしょ」と僕を急かす。
「でも」

昨晩、あんなことがあったのだ。とても呑気に学校になんて行く気にもならない。それに、自分がいない間にまたあいつが来たら?そう考える一方、いたところでなんにもならないくせに、と責める声が聞こえる。

「そんな心配しなくても大丈夫よ、昨日転んだ時に腰を打っちゃっただけだから」
これが家に着く前だったら労災降りたかもだけど、残念ね。気丈に母は笑った。
本当は、母さんだって怖いだろうに。

「ちょっと眠いかもだけど、居眠りするんじゃないわよ」
更に急かされて、僕はしぶしぶ着替えた。面白みのない、画一的な制服。慌ててこちらに来たものだから、東京で行くつもりだった公立高校のよくあるデザインのものだった。
幸いだったのは、それゆえにこちらの学校の制服とさほど変わらずに済んだ点か。
こんな動きづらい服を、なんで皆一様に着させるのだろう。学校に行きたくない不満の矛先を制服に向けながら、いつも以上に時間をかけてそれを着る。白いシャツのなかに、あのペンダントを隠すのは忘れない。

誰も、昨日のアレについて触れようとしない。そのことが不気味だった。けれど、アレについて話すのはなんだか憚られた。玄関で靴を履き、昨日無理やりに閉めたドアのノブに手を伸ばす。

そして、思わず引っ込めた。まるで静電気に触れてしまったかのように、僕はパッと手を離した。この先に、アイツがいないとも限らないじゃないか。
覗き穴に目をやりたい気持ちを抑える。もし覗いて、何かいたら。

そうこうしているうちにお隣さんだろうか、元気な子供たちが慌ただしく扉を開けて、きゃあきゃあとうちの前を通っていく。
ということは、この扉の先には何もいないのだ。見えない扉の先に、朝っぱらから一人で怯える僕は馬鹿みたいだった。

「……行ってきます」
やる気のない僕の声に、答えるものは居なかった。なんだか空しい気持ちになって、僕は昨日のことなどまるでなかったかのような、元気な外の世界へ足を踏み出した。
玄関の外には昨日見た怪しい光など欠片もなく、眩しい光が差している、目の前を遮る大きな木からは、蝉があざ笑う声が聞こえる。

僕は、それに文句を言う気力もなかった。
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