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業火4
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「嘘でしょ……?」
華ちゃんの勢いがみるみる薄れていくのが手に取るようにわかった。なにせ、犯人が分かった瞬間に、その犯人を失ってしまっていたのだから。
湯布院さんは包丁を両手で握っていた。けれどその刃先はこちらを向いておらず、自身の方を向いていた。だらりとした手に握られた刃先は血にまみれ、置かれた腹の上を汚している。そして、倒れた湯布院さんの首元から流れ出た夥しい血。ふかふかの絨毯でも吸いきれなかったのか、首元に黒い塊となって溢れていた。
「これって……」
華ちゃんがきっと口を結ぶと、静かに切られたのとは反対側の首元に手をやる。
「……だめだわ、亡くなってる。亡くなってから一時間以内くらいに見えるけど、部屋が暖かいからもっと前なのかも」
暖炉では煌々と炎が燃えていて、さらには石油ストーブまで燃えている。入った瞬間に軽く汗ばんだくらいだった。もしかしなくても、茉緒さんを燃やしたのはこの石油だったのかもしれない。
「これって、自殺……なのか?」
初めて見る死体に気分を悪くした鶴野さんに付き添い、寿社長らには会議室に戻っててもらうことにした。社だっていくら三回目だからってジロジロと見たいものではなかったが、その社が疑ってかかっていた容疑者が死亡したとあっては、その死因を特定しなければなるまい。
「自分で包丁握りしめてるけど……自分で首をかき切ったってこと?」
「どうだろ。切り口は、確かに刃を引いて出来たものみたいだけど」
首に向かって刃を押し切っていたなら、切り口の始めがもっと肉がえぐれているはずだ、という。それを聞いて社は気持ち悪くなってきた。けれど馬虎さんの時に全て吐き出してしまったのか、せりあがってくるのは酸っぱい胃液のみだった。
「……ごめん、ちょっと口をゆすいでくる」
そう言い残し黄水晶の間から、ホールに近い馴染みのトイレへと駆けこむ。途中馬虎さんの部屋を通り越して社は複雑な気持ちになった。まさかまた同じトイレで、吐き気を誤魔化しに来る羽目になるとは。
蛇口をひねり、水を流す。その水を手で掬おうとして社は気が付いた。洗面台の内側の一部に、少し赤みがかった水滴が付いている。
「……こんなの、さっき来た時あったっけ」
そもそもの便器の数も少ないトイレだ。それに比例して、洗面台も2台しかない。馬虎さんが亡くなった時、慌てて駆けこんだ社は手前の洗面台で口をゆすいだ記憶がある。今回も同じ場所のはずだ、わざわざ奥を使う理由もない。ならばこれは、その後誰かが何かを洗った時に付いたもののはずだ。
「まさか、血じゃないよな」
洗面台から飛びずさり、社は慌てて黄水晶の間に戻った。そこでは、まるで馬虎さんの時のデジャヴのように華ちゃんが現場を漁っていた。
「現場をそんないじくって大丈夫なのかよ」
「大丈夫、馬虎さん以外の現場はスマホで写真撮ってあるから。あとで佐倉さんのスマホからデータ貰わなきゃ」
「まだ意識が戻ってないのに、勝手にそんなことして怒られない?」
「今はプライバシーがどうのって言ってる場合じゃないでしょ。それに私たちだって疑われた時に勝手に荷物漁られたんだから」
と彼女は未だに犯人に疑われたことを根に持っているらしい。
「それにしたってこの部屋、暑すぎだろ」
社はその熱源のスイッチを切った。「これ、どこから持ってきたんだ?」
「そう言えば、寿社長の部屋の石油ストーブが無くなったって」
「これがそうなのか?」
「どうだろ、もう一台あったのかもだけど。それより見て社くん、これ」
そう言われた先にあったのは、先のシャンデリア落下の時に傷ついたノートパソコンだった。
「これ、まだ壊れてなかったんだ」
「そうみたい。で、これ。もしかして遺書かな」
激しい損傷で見づらくなった液晶画面にはwordが立ち上がっていた。そして、そこに打たれていたのは『目的は果たした、捕まる前に自害を選ぶ』の文字。
「目的って、馬虎さんと誠一さん、茉緒さんと佐倉さん殺害のこと?」
「そうかも」
そう答えながらも社は違和感を拭えない。意識が戻らないながらも佐倉さんは命を取り留めている。本当に〈殺す〉という目的を果たしたかったならば、目標の死をきちんと確認してから自殺するのではないか。
華ちゃんの勢いがみるみる薄れていくのが手に取るようにわかった。なにせ、犯人が分かった瞬間に、その犯人を失ってしまっていたのだから。
湯布院さんは包丁を両手で握っていた。けれどその刃先はこちらを向いておらず、自身の方を向いていた。だらりとした手に握られた刃先は血にまみれ、置かれた腹の上を汚している。そして、倒れた湯布院さんの首元から流れ出た夥しい血。ふかふかの絨毯でも吸いきれなかったのか、首元に黒い塊となって溢れていた。
「これって……」
華ちゃんがきっと口を結ぶと、静かに切られたのとは反対側の首元に手をやる。
「……だめだわ、亡くなってる。亡くなってから一時間以内くらいに見えるけど、部屋が暖かいからもっと前なのかも」
暖炉では煌々と炎が燃えていて、さらには石油ストーブまで燃えている。入った瞬間に軽く汗ばんだくらいだった。もしかしなくても、茉緒さんを燃やしたのはこの石油だったのかもしれない。
「これって、自殺……なのか?」
初めて見る死体に気分を悪くした鶴野さんに付き添い、寿社長らには会議室に戻っててもらうことにした。社だっていくら三回目だからってジロジロと見たいものではなかったが、その社が疑ってかかっていた容疑者が死亡したとあっては、その死因を特定しなければなるまい。
「自分で包丁握りしめてるけど……自分で首をかき切ったってこと?」
「どうだろ。切り口は、確かに刃を引いて出来たものみたいだけど」
首に向かって刃を押し切っていたなら、切り口の始めがもっと肉がえぐれているはずだ、という。それを聞いて社は気持ち悪くなってきた。けれど馬虎さんの時に全て吐き出してしまったのか、せりあがってくるのは酸っぱい胃液のみだった。
「……ごめん、ちょっと口をゆすいでくる」
そう言い残し黄水晶の間から、ホールに近い馴染みのトイレへと駆けこむ。途中馬虎さんの部屋を通り越して社は複雑な気持ちになった。まさかまた同じトイレで、吐き気を誤魔化しに来る羽目になるとは。
蛇口をひねり、水を流す。その水を手で掬おうとして社は気が付いた。洗面台の内側の一部に、少し赤みがかった水滴が付いている。
「……こんなの、さっき来た時あったっけ」
そもそもの便器の数も少ないトイレだ。それに比例して、洗面台も2台しかない。馬虎さんが亡くなった時、慌てて駆けこんだ社は手前の洗面台で口をゆすいだ記憶がある。今回も同じ場所のはずだ、わざわざ奥を使う理由もない。ならばこれは、その後誰かが何かを洗った時に付いたもののはずだ。
「まさか、血じゃないよな」
洗面台から飛びずさり、社は慌てて黄水晶の間に戻った。そこでは、まるで馬虎さんの時のデジャヴのように華ちゃんが現場を漁っていた。
「現場をそんないじくって大丈夫なのかよ」
「大丈夫、馬虎さん以外の現場はスマホで写真撮ってあるから。あとで佐倉さんのスマホからデータ貰わなきゃ」
「まだ意識が戻ってないのに、勝手にそんなことして怒られない?」
「今はプライバシーがどうのって言ってる場合じゃないでしょ。それに私たちだって疑われた時に勝手に荷物漁られたんだから」
と彼女は未だに犯人に疑われたことを根に持っているらしい。
「それにしたってこの部屋、暑すぎだろ」
社はその熱源のスイッチを切った。「これ、どこから持ってきたんだ?」
「そう言えば、寿社長の部屋の石油ストーブが無くなったって」
「これがそうなのか?」
「どうだろ、もう一台あったのかもだけど。それより見て社くん、これ」
そう言われた先にあったのは、先のシャンデリア落下の時に傷ついたノートパソコンだった。
「これ、まだ壊れてなかったんだ」
「そうみたい。で、これ。もしかして遺書かな」
激しい損傷で見づらくなった液晶画面にはwordが立ち上がっていた。そして、そこに打たれていたのは『目的は果たした、捕まる前に自害を選ぶ』の文字。
「目的って、馬虎さんと誠一さん、茉緒さんと佐倉さん殺害のこと?」
「そうかも」
そう答えながらも社は違和感を拭えない。意識が戻らないながらも佐倉さんは命を取り留めている。本当に〈殺す〉という目的を果たしたかったならば、目標の死をきちんと確認してから自殺するのではないか。
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