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狩りのあと
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グリノルフは陰鰐の解体を終えると、甲羅のような表皮を木の上に運んだ。
何往復かしたあと、一番最後にどす黒い赤紫色のぶよぶよしたものを運んできた。陰鰐の大きさの割にものが少なく比呂人は意外に思った。
「これだけ?」
「肉は毒があって食べられない。使えるのは皮と肝だけだ」
「肝……」
陰鰐の肝は、大きなグリノルフの拳より一回り大きく、表面の所々に血管が浮き上がり、生き物とは思えないゴムのような臭いがしている。
「こっちのほうが毒がありそうな見た目だけどな」
「肝は猛毒だ、食べるなよ」
「そんな臭くて変な色のもの食べるかよ」
「肝は猛毒ではあるがごく少量使えば薬にもなる。それになんといっても高価だ」
「へえ、これが」
高い、と聞いてもてらてらとした妙な光沢がある気味が悪い物体にしか思えない。
「まあ薬として使うよりも、それなりの量を用いて毒として使っているほうが多いようだがな」
「え」
「すぐに血抜きしなければならないから俺は湧水のところへ行ってくる。服も汚れてしまったしな」
グリノルフは返り血を浴びないように気を付けていたようだが、所々血で汚れている。汚れ以上にグリノルフからははっきりと血の臭いがした。
「すぐ、とは言わないがなるべく早く戻る。手の傷は水を汲んでくるからそれで手当をする。腹が減ったら先に食べていてもいいぞ。木からは絶対降りるなよ」
グリノルフは自分の言いたいことだけ言うと、着替えと油紙のようなものに包んだ肝を背中に縛り付け、再び木をおりていった。
上からのぞくと、船に乗り込み小さくなっていくグリノルフが見えた。
陰鰐と格闘している間に日はすっかり暮れてしまった。日が沈むと途端に寒く感じる。
グリノルフが比呂人をひとりにしたということは危険はないと判断したのだろうが、不安になる。陰鰐は捕まえたが、一匹だとも限らないし他に危険があるかもしれない。それを踏まえての『木からは絶対降りるな』なのだろう。
手のひらの傷については何も言っていないのに、グリノルフはいつの間に気付いたのだろうか。
手をぎゅっと握ると傷がどくどくと脈打つ。傷は痛むがとりあえず火を焚こうと、火床に火を熾す。火はすぐ燃え上がり、比呂人の体を温めてくれた。体が温まるだけで少し安心する。
この手でこれ以上何もする気がしないので、夕食はグリノルフを待つことにする。グロテスクなものも見てしまったので食欲自体あまりない。グリノルフがいればまだ気が紛れて食べられそうな気もする。
しばらく火に当たって待っていると、微かな物音がしてやがてグリノルフが木を登ってきた。きれいな服に着替えていて、血の臭いもしない。
グリノルフが背中からおろした陰鰐の肝は、まだ臭うが大分ましになっている。
「遅くなってすまなかったな。何もなかったか」
「大丈夫」
「傷を見せてみろ」
比呂人はグリノルフに両手を差し出した。グリノルフは比呂人の手のひらの傷を清水で拭い、パムクの軟膏をたっぷりと塗り込んだ。その上から清潔な布を巻き付けていく。
グリノルフとの行為と密接に結びついたパムクの香りは、比呂人の気持ちをかき乱した。
「どうした、ヒロト」
「ん、いや、なんでもない。これ、ありがと」
比呂人は手を引っ込めると、迷った末に聞いた。
「パムクって何か入ってんの?」
「何か、とは」
「その、気持ちよくなる成分、とか」
「なぜそんなことを聞く」
「なぜって、そんなの……」
比呂人は頭に血が上り、次の言葉が出てこなかった。
グリノルフはおかしそうに笑いながら比呂人の問いに答える。
「パムクには強い消炎作用がある。だからこうやって軟膏にしている。あとは砕いたときに粘りがでる。だからヒロトと交わるときに潤滑剤として使っている。それだけだ」
「それだけ?ほんとに?」
「本当だ。よかった、というのはヒロトがそう感じただけのことだ」
「……いや、ちょっと、今の忘れて」
「なぜだ、ヒロトが満足してくれていて俺も嬉しい」
グリノルフが比呂人を抱き寄せ、頬をゆっくりとなでる。
「こんなに赤くなって、なぜそんなに恥ずかしがる。いいならいいと言えばいい」
「言えるか」
グリノルフが笑って比呂人に口付ける。グリノルフの舌が比呂人の口内をまさぐり、舌が絡めとられる。グリノルフの舌でぬるぬると口内をなでさすらる。
比呂人の力がくったりと抜けるまで口付け交わしたグリノルフは、それでもなお名残惜しそうに比呂人から唇をはなした。グリノルフの手はまだ比呂人の頬を包み込んでいる。
「続きはお預けだな。ここではまだなにがあるかわからない」
比呂人はグリノルフにすっかり火を付けられ、やりきれない気持ちになる。
比呂人は顔を隠すようにグリノルフの胸に額を付けた。聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で聞く。
「グリノルフはどうなんだよ」
「俺か?俺もいい。俺とヒロトは相性がいいようだな」
自分で聞いておきながら、はっきりと言葉にされると恥ずかしいが、自分だけではないとわかって安心もする。
比呂人はグリノルフの胸から離れながら、わざと大きな声で言った。
「早く飯にしようぜ、腹へった」
何往復かしたあと、一番最後にどす黒い赤紫色のぶよぶよしたものを運んできた。陰鰐の大きさの割にものが少なく比呂人は意外に思った。
「これだけ?」
「肉は毒があって食べられない。使えるのは皮と肝だけだ」
「肝……」
陰鰐の肝は、大きなグリノルフの拳より一回り大きく、表面の所々に血管が浮き上がり、生き物とは思えないゴムのような臭いがしている。
「こっちのほうが毒がありそうな見た目だけどな」
「肝は猛毒だ、食べるなよ」
「そんな臭くて変な色のもの食べるかよ」
「肝は猛毒ではあるがごく少量使えば薬にもなる。それになんといっても高価だ」
「へえ、これが」
高い、と聞いてもてらてらとした妙な光沢がある気味が悪い物体にしか思えない。
「まあ薬として使うよりも、それなりの量を用いて毒として使っているほうが多いようだがな」
「え」
「すぐに血抜きしなければならないから俺は湧水のところへ行ってくる。服も汚れてしまったしな」
グリノルフは返り血を浴びないように気を付けていたようだが、所々血で汚れている。汚れ以上にグリノルフからははっきりと血の臭いがした。
「すぐ、とは言わないがなるべく早く戻る。手の傷は水を汲んでくるからそれで手当をする。腹が減ったら先に食べていてもいいぞ。木からは絶対降りるなよ」
グリノルフは自分の言いたいことだけ言うと、着替えと油紙のようなものに包んだ肝を背中に縛り付け、再び木をおりていった。
上からのぞくと、船に乗り込み小さくなっていくグリノルフが見えた。
陰鰐と格闘している間に日はすっかり暮れてしまった。日が沈むと途端に寒く感じる。
グリノルフが比呂人をひとりにしたということは危険はないと判断したのだろうが、不安になる。陰鰐は捕まえたが、一匹だとも限らないし他に危険があるかもしれない。それを踏まえての『木からは絶対降りるな』なのだろう。
手のひらの傷については何も言っていないのに、グリノルフはいつの間に気付いたのだろうか。
手をぎゅっと握ると傷がどくどくと脈打つ。傷は痛むがとりあえず火を焚こうと、火床に火を熾す。火はすぐ燃え上がり、比呂人の体を温めてくれた。体が温まるだけで少し安心する。
この手でこれ以上何もする気がしないので、夕食はグリノルフを待つことにする。グロテスクなものも見てしまったので食欲自体あまりない。グリノルフがいればまだ気が紛れて食べられそうな気もする。
しばらく火に当たって待っていると、微かな物音がしてやがてグリノルフが木を登ってきた。きれいな服に着替えていて、血の臭いもしない。
グリノルフが背中からおろした陰鰐の肝は、まだ臭うが大分ましになっている。
「遅くなってすまなかったな。何もなかったか」
「大丈夫」
「傷を見せてみろ」
比呂人はグリノルフに両手を差し出した。グリノルフは比呂人の手のひらの傷を清水で拭い、パムクの軟膏をたっぷりと塗り込んだ。その上から清潔な布を巻き付けていく。
グリノルフとの行為と密接に結びついたパムクの香りは、比呂人の気持ちをかき乱した。
「どうした、ヒロト」
「ん、いや、なんでもない。これ、ありがと」
比呂人は手を引っ込めると、迷った末に聞いた。
「パムクって何か入ってんの?」
「何か、とは」
「その、気持ちよくなる成分、とか」
「なぜそんなことを聞く」
「なぜって、そんなの……」
比呂人は頭に血が上り、次の言葉が出てこなかった。
グリノルフはおかしそうに笑いながら比呂人の問いに答える。
「パムクには強い消炎作用がある。だからこうやって軟膏にしている。あとは砕いたときに粘りがでる。だからヒロトと交わるときに潤滑剤として使っている。それだけだ」
「それだけ?ほんとに?」
「本当だ。よかった、というのはヒロトがそう感じただけのことだ」
「……いや、ちょっと、今の忘れて」
「なぜだ、ヒロトが満足してくれていて俺も嬉しい」
グリノルフが比呂人を抱き寄せ、頬をゆっくりとなでる。
「こんなに赤くなって、なぜそんなに恥ずかしがる。いいならいいと言えばいい」
「言えるか」
グリノルフが笑って比呂人に口付ける。グリノルフの舌が比呂人の口内をまさぐり、舌が絡めとられる。グリノルフの舌でぬるぬると口内をなでさすらる。
比呂人の力がくったりと抜けるまで口付け交わしたグリノルフは、それでもなお名残惜しそうに比呂人から唇をはなした。グリノルフの手はまだ比呂人の頬を包み込んでいる。
「続きはお預けだな。ここではまだなにがあるかわからない」
比呂人はグリノルフにすっかり火を付けられ、やりきれない気持ちになる。
比呂人は顔を隠すようにグリノルフの胸に額を付けた。聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で聞く。
「グリノルフはどうなんだよ」
「俺か?俺もいい。俺とヒロトは相性がいいようだな」
自分で聞いておきながら、はっきりと言葉にされると恥ずかしいが、自分だけではないとわかって安心もする。
比呂人はグリノルフの胸から離れながら、わざと大きな声で言った。
「早く飯にしようぜ、腹へった」
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