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再び湿地へ

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翌朝、夜明け頃から釣りを始めた。早朝はよく釣れたのだが、日がある程度登ってしまうとぱったりと釣れなくなった。
魚の加工をしていたグリノルフが、釣りをしていた比呂人のところへやって来て言う。
「ここまでにしておこう。ねばってもこれ以上は難しいだろう」
「そうだな。結局、魚は何日分くらい獲れたんだ」
「三日半といったところか」
「思ってたより獲れなかったな」
「仕方ないさ。今回補充した食料が尽きたら一度街へ戻る」
「いいのか」
「陰鰐が捕まえられなければ一旦仕切りなおしたほうがいいだろう。ヒロトもそろそろ限界だろう」
「……うん」
疲れも溜まってきていて野外で活動できるのもそう長くはないことが自分でもわかる。
「狩りはいつでも成功するわけではない。なにも獲れずに終わることも多い。ヒロトが気にすることではないさ」
比呂人は黙ってうなずいた。
確かに狩りが必ず成功するものではない、というのはわかる。でも、比呂人の体力や技術のなさが足を引っ張っているのは事実だ。
「今回は俺が無理矢理連れてきたからな。旅の初めにくらべれば体力もついてきたし頑張っているさ」
グリノルフは優しい。でもその優しさは比呂人に何も期待していない優しさだ。
『悔しい』とはっきりと思う。
元の世界にいるときは悔しいという感情はすっかりなくなっていた。悔しいと思う前にあきらめ、投げ出していた。
久しぶりに感じる悔しさに、比呂人は戸惑う。戸惑うが、この悔しさは嫌な感じはしない。
「どうかしたか、ヒロト」
考え込んでいる比呂人にグリノルフが声をかける。
「ううん、なんでもない。早く飯食って出発しようぜ」
比呂人はグリノルフの二の腕をぽんと叩いてグリノルフが作業をしている場所へと向かった。

早めに昼食をとり、湿地へと向かう。
湿地の近くの林へは日が落ちきる寸前に着いた。湿地の近くの林の中に、船を落ち葉で埋めておいたのでそれを掘り起こす。
グリノルフは携帯用の明かりで船底を調べる。木の皮を木の樹脂で接着してあるのでその部分を丹念に見ていく。
「ちょっと危ない箇所もあるが狩り場までは持つだろう」
ふたりで船を運び、湿地に浮かべる。そうしている間にあたりはすっかり闇に包まれる。
比呂人が明かりをもち舳に座り、櫂を持ったグリノルフが艫に乗り込む。出発したときと同様、グリノルフはかなり警戒している。
そんなグリノルフとは対照的に比呂人は、ぼんやりとした明かりに照らされた湿地の景色に目を奪われる。相変わらず胸が悪くなるような空気だが、幻想的だ。
程なくして狩り小屋に着く。相変わらず悪戦苦闘してロープを伝い木の上に登る。
小屋が破損していないことを確認すると、ふたりして無事に移動できたことにほっと息を吐く。
昼食のときに焼いた魚を焼き直し、遅めの夕食にする。
明日から干し魚の日々かと思うと、大事に食べようという気持ちになる。
夕食を食べ終わり、床に横になる。草布団の草は捨ててしまったので、布団にしていた袋だけを床に引き、マントを上からかぶる。
床は冷たいが、背中にグリノルフの熱を感じる。
「布団がなくて悪かったな。必要ならば明日草を取ってくるが」
「いいよ。それで半日潰れるだろ。今回は時間もないし、長い間じゃないからこのままでいい」
「悪いな」
「いいよ、別に。そんなに気を遣わなくても」
「別に気を遣っているわけでは」
「布団だってこの小屋だってグリノルフひとりだったらいらないものなんだろ」
「それはそうだが、それとこれとは」
比呂人は向きを変え、グリノルフと向かい合った。
「俺はグリノルフの足手まといになりたくないんだよ」
「足手まといなどではない。何も知らないヒロトを連れてきたのは俺だ」
「何も知らないからとか関係ない。陰鰐が出たときに俺がなんかやらかしたら……」
グリノルフは比呂人の言葉を最後まで待たず、比呂人の頭を抱え込み、ゆっくりととなでた。
「そんなに気にしなくていい。俺も見くびられたものだな」
「別に見くびってない。どんな奴にだって万が一ってあるだろ」
「そうだな。ヒロトは俺のことを心配してくれているのか」
「そりゃ……心配だろ」
「そうか」
グリノルフが比呂人の耳にちゅと口付けて耳朶を食んだ。比呂人の体がびくりと震える。
「グリノルフ、遊ぶなよ」
「遊んではいない。これで勘弁してやっている」
「勘弁って、全然勘弁になってない」
暗闇の中、声は聞こえないがグリノルフが笑っている気配がする。
それにむっとした比呂人は、グリノルフの首に腕を回し自分から口付けた。
グリノルフは一瞬驚いたが大きな手を比呂人の背中に回し、そっと抱きしめた。不安を溶かすような抱擁に比呂人は身をゆだねた。
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