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28.そのまさかだ。
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“囚われている”・・いや、“負けている”・・・
思考停止中のヤカフ伯爵の脳裏には、そんな感覚だけがユラユラしています。
執事として雇い入れてから5年間、常に主人であるヤカフ伯爵に忠実だったキヤギネ・・・本人の強い求めに応じて解雇した直後に向けられた鋭い視線――
本能は“逃げなければならない”と分かっているのに、そのあまりの険しさと―――ゾクゾクする美しさにヤカフ伯爵は阿呆の様にキヤギネを見つめ返すだけで微動だに出来ません。
そんな若く美しい伯爵に対して、鋭い視線と同時に伸びて来たキヤギネの強い両腕が“グヮシッ”とその襟元を掴み、『・・ハッ!?』 ビクリと息を呑んだ伯爵の体はキヤギネの圧倒的な力によりブワッと宙に放り上げられたかと思うと、強く引っ張られ―――
ズダダンッ! ダンッッ!
『グゥッ!? ウッッ グッ・・』
ヤカフ伯爵は何が起こったのか分かりません。 自分は、自分の執務室の大机の上に仰向けに叩き付けられ、その上からキヤギネが完全に自分を組み伏せており、抵抗どころか体を動かすことも出来ず、動こうともがけば喉の圧迫が強くなり息も苦しく、厳しい眼で自分を見下ろす元執事を見つめ返すしか出来ない状態で・・(なッ、何だコレは!? 今、何が起こった!? この俺が、こんな簡単に・・!?)
ヤカフ伯爵は、10才を過ぎた頃から、一度もこういった場面で負けたことなど無かったのです。 自分より体が大きい相手でも、逆に組み伏せてきました。 美しい容姿故に、美少年趣味の屈強な男に襲われる事も多かったのですが、全て退けて来たので、自分の腕力、戦闘力には随分自信があります。 王宮騎士団の副団長なのも、実際は騎士団の中で一番強いものの、若年という事と、本気の入団ではなく、腰かけ入団だからという理由で騎士団長就任を断ってきたからなのです。
そんな自分が、今、なす術も無く組み伏せられ、この状態を脱する為になす術が無い・・!?
『・・ッ、 な・・に・・、 何をッ・・!? キヤ・・ギネッ!!』
ヤカフ伯爵は、必死に声を絞り出します。 どうにかして体を動かそうと必死にもがきますが、キヤギネの強い拘束から逃れる事は出来ません。
「黙れ! ベナが打たれようというのに、指一つ動かさない、そんなお前に、夫の資格があるのか!? この先、ベナを守り、幸せに出来るのかっ!?」
元執事は元雇い主を難なく組み伏せたまま、怒りを露わにします。
『・・なッ!? キ、キヤ、お前・・!?』
「今のお前に、ベナは任せられない!」
キヤギネはそう言うと、喉への圧迫をさらに強くするので、さらに息が苦しく、生命の危機に直面するヤカフ伯爵の若い体は激しく反発し、抵抗しようとするも、押さえつけているキヤギネの圧倒的な力の前ではまるで無意味で虚しいばかり・・・ ついに若い体はガクガクと震え、冷たい汗が美しい肌を伝い落ち全身を濡らします。 それでもキヤギネは力を緩めてもくれません。
『ウッ、・・クッ・・ ゥゥッ・・』(苦しいッッ、息が、息が出来ない!!)
若い生命の強く爆発するような力もこの男の前では子供・・いや、赤子のようなものなのでしょうか・・・このままでは・・・
・・はっ・・! キヤギネを深く信頼して来たヤカフ伯爵はこれ程の苦しみの中でやっと思い当たります。
『ま、ま・・さ・か、・・俺・・を・・殺・・!?』
「・・そのまさかだ、伯爵・・」
そう言いながら薄く笑う元執事に、こんな瞬間、こんな状況下で激しく魅了されている自分に驚愕しながら、心がそれを、彼の手に掛かり死ぬ事を受け入れているのを感じ、さらに驚愕するのです。
なぜ、 お前は・・・? なぜ、 俺はッ・・・!?
ドッ ク ドクン ド ドッ ク ン ドッ ク ク ン ド・・
苦しみと恍惚の波を遠く近くするのを、時にぼんやり、時に明瞭に感じながら・・
『・・ッ・・』
ヤカフ・スィブール・デ・ギネオア伯爵は目を閉じ、体は力を失うのでした・・・
思考停止中のヤカフ伯爵の脳裏には、そんな感覚だけがユラユラしています。
執事として雇い入れてから5年間、常に主人であるヤカフ伯爵に忠実だったキヤギネ・・・本人の強い求めに応じて解雇した直後に向けられた鋭い視線――
本能は“逃げなければならない”と分かっているのに、そのあまりの険しさと―――ゾクゾクする美しさにヤカフ伯爵は阿呆の様にキヤギネを見つめ返すだけで微動だに出来ません。
そんな若く美しい伯爵に対して、鋭い視線と同時に伸びて来たキヤギネの強い両腕が“グヮシッ”とその襟元を掴み、『・・ハッ!?』 ビクリと息を呑んだ伯爵の体はキヤギネの圧倒的な力によりブワッと宙に放り上げられたかと思うと、強く引っ張られ―――
ズダダンッ! ダンッッ!
『グゥッ!? ウッッ グッ・・』
ヤカフ伯爵は何が起こったのか分かりません。 自分は、自分の執務室の大机の上に仰向けに叩き付けられ、その上からキヤギネが完全に自分を組み伏せており、抵抗どころか体を動かすことも出来ず、動こうともがけば喉の圧迫が強くなり息も苦しく、厳しい眼で自分を見下ろす元執事を見つめ返すしか出来ない状態で・・(なッ、何だコレは!? 今、何が起こった!? この俺が、こんな簡単に・・!?)
ヤカフ伯爵は、10才を過ぎた頃から、一度もこういった場面で負けたことなど無かったのです。 自分より体が大きい相手でも、逆に組み伏せてきました。 美しい容姿故に、美少年趣味の屈強な男に襲われる事も多かったのですが、全て退けて来たので、自分の腕力、戦闘力には随分自信があります。 王宮騎士団の副団長なのも、実際は騎士団の中で一番強いものの、若年という事と、本気の入団ではなく、腰かけ入団だからという理由で騎士団長就任を断ってきたからなのです。
そんな自分が、今、なす術も無く組み伏せられ、この状態を脱する為になす術が無い・・!?
『・・ッ、 な・・に・・、 何をッ・・!? キヤ・・ギネッ!!』
ヤカフ伯爵は、必死に声を絞り出します。 どうにかして体を動かそうと必死にもがきますが、キヤギネの強い拘束から逃れる事は出来ません。
「黙れ! ベナが打たれようというのに、指一つ動かさない、そんなお前に、夫の資格があるのか!? この先、ベナを守り、幸せに出来るのかっ!?」
元執事は元雇い主を難なく組み伏せたまま、怒りを露わにします。
『・・なッ!? キ、キヤ、お前・・!?』
「今のお前に、ベナは任せられない!」
キヤギネはそう言うと、喉への圧迫をさらに強くするので、さらに息が苦しく、生命の危機に直面するヤカフ伯爵の若い体は激しく反発し、抵抗しようとするも、押さえつけているキヤギネの圧倒的な力の前ではまるで無意味で虚しいばかり・・・ ついに若い体はガクガクと震え、冷たい汗が美しい肌を伝い落ち全身を濡らします。 それでもキヤギネは力を緩めてもくれません。
『ウッ、・・クッ・・ ゥゥッ・・』(苦しいッッ、息が、息が出来ない!!)
若い生命の強く爆発するような力もこの男の前では子供・・いや、赤子のようなものなのでしょうか・・・このままでは・・・
・・はっ・・! キヤギネを深く信頼して来たヤカフ伯爵はこれ程の苦しみの中でやっと思い当たります。
『ま、ま・・さ・か、・・俺・・を・・殺・・!?』
「・・そのまさかだ、伯爵・・」
そう言いながら薄く笑う元執事に、こんな瞬間、こんな状況下で激しく魅了されている自分に驚愕しながら、心がそれを、彼の手に掛かり死ぬ事を受け入れているのを感じ、さらに驚愕するのです。
なぜ、 お前は・・・? なぜ、 俺はッ・・・!?
ドッ ク ドクン ド ドッ ク ン ドッ ク ク ン ド・・
苦しみと恍惚の波を遠く近くするのを、時にぼんやり、時に明瞭に感じながら・・
『・・ッ・・』
ヤカフ・スィブール・デ・ギネオア伯爵は目を閉じ、体は力を失うのでした・・・
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