そのまさか

ハートリオ

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10.奥様の御様子が変でございます。

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私はギネオア伯爵家の執事、キヤギネと申す者。

かつては王宮騎士団で働いておりましたが、当時の団長の奥様とちょっとしたアレがございまして、王宮騎士団をクビになったところ、丁度16才で入団して来られたヤカフ様に依頼され、執事としてお仕えし、今に至っております。


さてそのヤカフ様は、3年前、突然お人形の様に美しい少女を屋敷に連れ帰り、『俺の妻とする。 丁重に扱うように。』とだけおっしゃいました。


先代様はそれは猛烈に反対されましたが、ヤカフ様には頭が上がらないお立場でございますから・・と言いますのも、先の王様が突然崩御され、新王様の時代になった時、このギネオア伯爵家も没落しかけたそうですが、その当時まだ13才だったヤカフ様の見事な手腕により、その危機を回避し、今に至るそうで、ギネオア伯爵家でヤカフ様に逆らえる者は一人もいないとの事でございます(先代様と共に地方へ隠居された先代執事の方のお話しですが)。
実は少し違うのですが、ギネオア伯爵家が栄えているのは間違いなくヤカフ様のお陰なのでございます。


さて、問題はお連れになった美少女――ベナ様ですが、お部屋に引き籠り、誰とも交流しようとせず、旦那様とさえ会話すら拒否という状況で早3年・・・そろそろキチンと離縁すべきでは・・と思っていた矢先、ベナ様の脱出未遂事件が発生致しました。


幸い、ベナ様は1週間ほど寝込んだものの、今日の朝に目覚められ、しかもベナ様専属メイドを務める妹のリークによると、何と普通に会話が成り立つようになり、今までの態度を深く反省し、旦那様に会ってお礼を言いたい、とのこと。

それも驚きですが、何より驚いたのは、旦那様は本気でベナ様に心を寄せているようだという事。 正義感から連れ帰り、勢いで“妻”にしてしまったものの、どうしたものかと困っていらっしゃるのだとばかり思い込んでおりましたので、そういう事でしたら応援せねばと気持ちを新たに致しました。


そして今も、旦那様から託された手紙をお渡しするべく奥様の部屋をお訪ねしているのですが・・・「あ、そうだ、手紙・・・」


「・・? お手紙? あら、私に?」


「はい、旦那様から奥様へと、手紙を預かってまいりました。 どうぞ、こちらです。」 そう言って、恭しく手紙を差し出しますと、


「えぇ!? 旦那様から!? 同じお屋敷にいるのに、手紙!? ま、まぁ・・・
そうなのね? 私は、ほとんど森の中で生活した記憶しかないので、同じ屋敷内を手紙が行き来するなんて、ビックリですわ・・・」


と、仰います。 確かに・・・変な事だと、思わずクスリとしてしまいます。
奥様はすぐにも手紙を読まれるだろうと思っておりましたが、中々手紙を開けず、じっとこちらを見ていらっしゃいます。


「・・・あなたと話せるなんて、夢のようですわ・・・」


突然そのように言われて驚き、彼女の瞳を見つめますと、もともと紅潮していた顔を更に赤くして、窓の外へ目を向けられます。


「私、いつもバルコニーでお茶を頂いていて、自分でも分からなかったんです。 何故暑すぎる日も寒すぎる日も無理してバルコニーでお茶を頂くのか。 でも、今こうしてお会いすれば、分かるのです。 あなたの姿をお見掛けしたくて、あなたは、その時間、お庭に出る事が多いでしょう? それで一目でも・・という想いだったのですわ・・・」


「・・それは光栄な・・。 ですが、何故私を・・? 旦那様を見た事はお有りですよね? 3年前、あなたをここへお連れしたのが旦那様なのですが・・」


「え? あ、ええ、あの時は私、ずっと下を見ていて・・・恐くて、全然旦那様を見れなかったわ・・・自分はこれから酷い目に遭うんだろうと思っていたから・・・そうではなくて、旦那様は助けてくれたのだと分かったのも、そうね、ついさっき・・・目覚めて、リークと話してるうちに、頭の中が整理されて・・・(今よりは大人だった前世の感覚が蘇ったおかげね)。 私、脱出しようなんてバカな事をしようとしたけど、それによって死に直面したからこそ、私の中で不思議な事が起こって、」


奥様はそこまで言うと静かに目を伏せて・・・そのせいか、哀し気に見えます。


「・・・旦那様に恩返しをしなければと、今は思っています。 3年間も、大切にして頂いたご恩を・・・リークが言うには、夫婦円満に・・・つまり仲の良い夫婦になる事が恩返しになる、と。」


「あぁ、そうですね。(旦那様はどうやら奥様にベタ惚れのようですし)それで間違いないと思います。 傍から見ても、お二人は大変お似合いですよ。 旦那様は私より5才も若く、そしてとてもお美しい容姿をしていらっしゃいます。 バルコニーから眺めて楽しいのは、旦那様・・」


「あなたは、とてもとても美しいわ! 私はその・・いつも見とれていたわ!」


「・・・・・・」


「・・・あ、あの・・そう、お手紙・・すぐに読んだ方がいいのよね?」


「・・あ、お邪魔ですね、失礼致し・・」


なぜか奥様に関しては上手く頭が回りません・・手紙を読むのにお邪魔だろうと気付き、退室しようとドアへ歩き出すと、


「! いいえ! 全然お邪魔なんかじゃないわ! 待ってて、今、読みます! そこに居て、出て行っては駄目よ?」


奥様はそう叫んで、その可憐な体では隠し切れない大きな扉の前に立ち塞がります。
熱く潤んだ瞳で見つめられ、思わず狼狽えてしまいます。

奥様、なぜ・・・

・・はっ・・!

私は愚かにもやっと気付きました! この、奥様の一連のおかしな言動・・・間違いありません!



奥様は1週間前、バルコニーから落ちる際、どこかで頭を強打したに違いありません!
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