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50 無理兄弟
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「オヤジ、もう一杯」
「俺も」
モンス辺境領のとある酒場で飲んだくれる男二名。
「‥あぁもういい加減お屋敷にお帰りになった方が‥」
「「もう一杯!」」
すっかり目が据わった二名は酒場の主人が渋々出した酒を一気にあおり…
「ロシャ…ロシャ姫…俺のお姫しゃま…うぅぅ」
とむせび泣くのはモンス辺境伯家嫡男サルトゥス。
「ダミェだ…もう絶対俺の手の届かない御方ににゃってしまった…」
と虚ろな目で宙を見るのはその弟メイズ。
酒場の主人はそんな廃人二名を見ながらおかみさんと溜息をつく。
「まったく…店中の酒を飲み干すまで帰らない気かねぇ?」
「いつもはメイズ様が兄君を諭して連れ帰ってくださるんだが今日はどうしちまったんだか」
「ああ、どうやらね、王都まで結婚パレードを見に行って来たらしいよ」
「シアン殿下とロサ様の…だけど本当なのかい?あのずんぐりしたロサ様が実は絶世の美女だったなんて信じられ‥」
「「ひょんとうだ!」」
「「ヒィッ!?」」
泥酔した二人には聞こえないだろうと思って話していたオヤジとおかみさん。
しかも体の大きい兄弟にいつの間にか真後ろに立たれていて腰を抜かしてしまう。
「美しいなんてもんじゃにゃい!…360度女神だゃ!」
「あんにゃ姿、一生隠しておけばいいもにょを…お蔭でみんにゃにお姫しゃまだとバレてしまったッ‥」
正気に見えない大男ほど恐ろしいものはない。
何をしでかすか分からない二名に腰を抜かしたまま手を取り合ってガクガク震えるオヤジとおかみさん。
そこへ救世主が。
「ちょっと!二人とも領民に迷惑かけて何やってんのよ!?」
「「あ…ビンカ従姉しゃま?」」
近くに住んでいる為、幼い頃からモンス兄弟の本当の姉の様に一緒に過ごす事が多かったビンカはサルトゥスより一つ年上の従姉。
「にゃんでここに‥」
「ろれつ!‥たく、モンス辺境伯に頼まれたのよ!バカ息子二人を何とかしてくれって!いい年していつまでも叔父様に心配掛けるもんじゃないわよ!?」
モンス辺境伯家の若い衆に子息二人を担いでリヤカーに運ばせながら子供の頃と同じ様に面倒見のいい姉を演じるビンカ。
リヤカーに積み込まれても『女神‥』『お姫しゃま‥』とブツブツ呟き続ける兄弟に溜息をつく。
カルミアと侍女長のロサ襲撃事件から数か月。
馬に引きずりまわされた傷が漸く治ったサルトゥスだが心は癒えず領内の酒場に昼間から入り浸っては正体不明になるまで飲んだくれリヤカーに積み込まれる日々。
いつもは一人で積み込まれるリヤカーだが今日は隣に弟が転がっている。
「‥あにょまま死んでれば良かった‥そうすればこの苦しみから解放されたもにょを‥何で助けたんだ、メイズ‥お前に慈悲はにゃいのか‥」
「目ン前に血だらけの兄がいて助けにゃい弟がいるにょか」
そう言いながら数か月前の事を思い出すメイズ。
父に『兄の廃嫡』と『ロサ嬢と自分の結婚』を進言する為モンス辺境領に戻っていたメイズ。
ロサ襲撃の話を聞きつけて急ぎロサの住む北の森へ向けて馬を飛ばしていたところで。
道端でモリモリ草を食む馬と馬とロープで繋がった血だらけの兄を発見した。
虫の息ではあるがまだ生きている。
(……うん、だが今はロサ嬢の救出が先だ!)
と、とりあえずロープを外し道の真ん中に転がっていた兄を草むらに移動し体が冷えない様枯れ草などを掛けたところで馬が何かに気付いて駆け出した。
そちらを見ると北の森方面から60人ほどの騎乗した騎士達がゾロゾロやって来る。
どいつもこいつもキラキラと目を輝かせ何やら興奮冷めやらぬ感じで口々に何か言っている。
「‥あぁ、俺は幸せだ…あの様に尊い女神に出会えたのだ…」
「おう、一刻も早く一人になってこの感動をポエムにしたためたい」
「俺に絵心があればあの尊き女神様のお姿をキャンバスに再現できるのに」
「笑止…どれほどの芸術家であろうとあの尊さを表現することなど不可能よ‥」
『女神』?誰の話をしているのだと首を捻るメイズは騎士達の中に知り合いを見つけて馬で横につけ、話しかける。
「オイ、一体誰の話をしているのだ?」
「ん?‥あれ、メイズ殿‥いたっけ?」
「いなかったから聞いている」
「‥ハハ、それは残念だったな、あの女神様を見れなかったなんて」
「だから誰のこと‥」
「ロサ殿下だよ!当たり前だろう?」
「‥ッ!?‥だが…お前達はカルミアの騎士だろう?一昨日ピンク御殿ではロサ嬢を散々けなして‥『ロサ殿下』?」
「‥思い出させるな!あの淫乱の騎士だったことは俺の黒歴史…だがロサ殿下のお姿を見れたお蔭で浄化された…ロサ殿下は本当のお姿を隠しておられたのだ!」
「そうそう、茶髪茶目の丸い姿は仮の姿…本当は輝くピンクの髪と瞳の女神様だったのだ!」
近くに居た他の騎士達も話に入って来て、次々にロサの美しさを褒め称え、第一王子と二人で恐ろしい魔女を成敗しグラキエスを守ってくれたのだとグラキエス国歌の替え歌で大合唱する始末…
良く分からないが兎に角ロサ嬢の無事だけは間違いない。
そう判断し急ぎ医術師の所へ兄を運び――生死の境をさ迷う兄を放っておけず王都近くの町に滞在していると次々に驚きのニュースが入って来て――
不貞を働いたため離縁となった元第一王子妃カルミアが行方不明に。
ピンク御殿解体、フランマからのカルミアの侍女軍団は帰国へ。
第一王子殿下が新たにフランマ帝国第一皇女ロサ・フランマ殿下とご婚約!
ロサ殿下とシアン殿下、目出度くスピード仮婚姻!
ロサ殿下のご成人を待って本結婚へ…王家総動員でご準備に大わらわ――
フランマ帝国第一皇女!?
違う…自分の想い人とは別の人に違いない!
だが兄の見舞いに駆けつけて来た父に問いただせば『その通り』だと言う。
「では…ロサ嬢と俺の結婚は…」
茫然と呟くメイズにモンス辺境伯は。
「『ロサ殿下』だ!…もう手の届かない御方――第一王子妃殿下だ」
「そんな…俺の方が先に‥ずっと昔から恋してたのに‥」
「シッ!‥滅多な事を口にするでない!『氷の王子』と言われてきたクール過ぎるほど女性に淡白だったシアン殿下がロサ殿下に対しては別人…ヤンデレ化して大変らしい」
――そんなッ!
信じられぬままに数か月が過ぎロサ殿下とシアン殿下の本結婚とあいなり…
気持ちに区切りを付ける為ご成婚パレードを見に行った。
馬車から手を振る女神の様に美しい人は紛れもなくロサ嬢…
たとえ姿が違っても彼女は彼女――間違いなく恋焦がれて来たロサ嬢だった。
領民にそっぽを向かれ暴言や石つぶてを投げられても唾を吐きかけられても泣きもせず耐えていた少女…平気な顔をしていたけど体は小さく震えていた…固く結んだ手を取り『俺が傍に居るから』と言いたかったけど彼女は兄上の婚約者だから言えなかった。だけどそれからは彼女が領地を訪れるときは必ず傍に居るようにした。共に領地経営を学び、あーでもないこーでもないと特産品を考えて何時間でも語り続けた…ワクワクして楽しくて――どうしても惹かれるのを止められなかった。一生懸命で真っ直ぐな少女…自分が出会ったどの令嬢とも違うひたむきな少女…兄の婚約者――だが彼女は今、兄とは違うこの国で最も輝く第一王子と‥はッ!
ロサとメイズ、二人の目が合った。
ロサはふわりと微笑み――美しい手を優雅に動かした。
「‥ッッ‥」
それはモンス辺境伯家の者だけが分かる手信号で――
『モンス辺境領で領民に厳しく接せられる中、メイズ殿の親切に何度も救われた。とても感謝している。メイズ殿、どうぞ幸せに』
ロサはそう言葉を送ってくれた。
返事も出来ないまま過ぎていく馬車を見えなくなっても見続けていた――
そして現在、リヤカーに積まれて運ばれている…
ビンカが何度目かの溜息をつきモンス兄弟に言い放つ。
「あのね、女神様やお姫様なんて遠くから垣間見るぐらいで丁度いいの!」
『全然よくない』と思う兄弟。
「緊張しちゃって疲れるだけでしょ?」
『会うだけでドキドキワクワク嬉しくて疲れなんか吹っ飛ぶ』と思う兄弟。
「…まぁさ、ほら、ずっと一緒に居るのは気心が知れててさ、うん、空気みたいな存在っていうのかな…私みたいな…ね、分かるでしょ?」
「「‥はッ‥」」
危険が迫っていることを察知し一気に酔いが醒める兄弟。
「おっといけない、酒場に愛馬アラケルを置いて来てしまった!」
ガバと起き上がりヒラリとリヤカーを飛び降りたメイズは一目散に酒場方向へ走り去る。
「‥あ、ちょっとメイズ!邸に私の年下友人の可愛いトレニアがお茶しに来て‥な、何て逃げ足なの…ベロベロだったくせに…まぁいいわ、ねぇ、サル…ん!?サルトゥス!?ちょ‥」
メイズに呼び掛けていたビンカが振り返ると泥酔して自力では身動きすら困難に見えたサルトゥスまで居ない。
「俺も愛馬ウェルテクスをな、ハハハ!」
とか叫びながら同じく酒場方向に走り去るサルトゥス。
「…たく何よ…いくら逃げても無駄よ?叔父様に頼まれているんだから…『傷心のサルトゥスを頼む』って…叔父様が味方なら百人力よ!‥逃がさないからね?」
「‥ウッ!?」
背筋にゾクリと悪寒が走り転んでしまったサルトゥスを愛馬ウェルテクスが『ブルル』と舐める。
「おおウェル、…あぁメイズが連れて来てくれたのか、恩に着る」
兄弟は久しぶりに連れ立って小高い丘まで馬を走らせる。
「兄上、アレ、狙われてますね」
「‥恐ろしい‥ガキの頃にビンカ従姉様との縁談は消えたはずなのに」
「いいんじゃないですか?兄上の初恋なのでは?」
「そんな訳無いだろう。ロサ姫との婚約契約書を書く時に適当に名前を使わせてもらっただけだ!‥俺の初恋はロサ姫だからな!」
「全く…呆れますよ…本当はゾッコンだったとか…ロサ殿下はきっと一生兄上の本心に気付かないでしょう」
「うッ…」
「…ビンカ従姉様とのこと、考えたらどうです?」
「無理だ…お前こそどうだ?父上はビンカ従姉様と結婚した方を後継者にするだろう」
「俺だって無理です」
モンス辺境領を見渡せる小高い丘がオレンジ色に染まる。
その美しい夕焼けの風景もモンス兄弟の目には映らない。
二人は未だに茶髪茶目のポッチャリ令嬢の面影を心に映しているのだ…
「俺も」
モンス辺境領のとある酒場で飲んだくれる男二名。
「‥あぁもういい加減お屋敷にお帰りになった方が‥」
「「もう一杯!」」
すっかり目が据わった二名は酒場の主人が渋々出した酒を一気にあおり…
「ロシャ…ロシャ姫…俺のお姫しゃま…うぅぅ」
とむせび泣くのはモンス辺境伯家嫡男サルトゥス。
「ダミェだ…もう絶対俺の手の届かない御方ににゃってしまった…」
と虚ろな目で宙を見るのはその弟メイズ。
酒場の主人はそんな廃人二名を見ながらおかみさんと溜息をつく。
「まったく…店中の酒を飲み干すまで帰らない気かねぇ?」
「いつもはメイズ様が兄君を諭して連れ帰ってくださるんだが今日はどうしちまったんだか」
「ああ、どうやらね、王都まで結婚パレードを見に行って来たらしいよ」
「シアン殿下とロサ様の…だけど本当なのかい?あのずんぐりしたロサ様が実は絶世の美女だったなんて信じられ‥」
「「ひょんとうだ!」」
「「ヒィッ!?」」
泥酔した二人には聞こえないだろうと思って話していたオヤジとおかみさん。
しかも体の大きい兄弟にいつの間にか真後ろに立たれていて腰を抜かしてしまう。
「美しいなんてもんじゃにゃい!…360度女神だゃ!」
「あんにゃ姿、一生隠しておけばいいもにょを…お蔭でみんにゃにお姫しゃまだとバレてしまったッ‥」
正気に見えない大男ほど恐ろしいものはない。
何をしでかすか分からない二名に腰を抜かしたまま手を取り合ってガクガク震えるオヤジとおかみさん。
そこへ救世主が。
「ちょっと!二人とも領民に迷惑かけて何やってんのよ!?」
「「あ…ビンカ従姉しゃま?」」
近くに住んでいる為、幼い頃からモンス兄弟の本当の姉の様に一緒に過ごす事が多かったビンカはサルトゥスより一つ年上の従姉。
「にゃんでここに‥」
「ろれつ!‥たく、モンス辺境伯に頼まれたのよ!バカ息子二人を何とかしてくれって!いい年していつまでも叔父様に心配掛けるもんじゃないわよ!?」
モンス辺境伯家の若い衆に子息二人を担いでリヤカーに運ばせながら子供の頃と同じ様に面倒見のいい姉を演じるビンカ。
リヤカーに積み込まれても『女神‥』『お姫しゃま‥』とブツブツ呟き続ける兄弟に溜息をつく。
カルミアと侍女長のロサ襲撃事件から数か月。
馬に引きずりまわされた傷が漸く治ったサルトゥスだが心は癒えず領内の酒場に昼間から入り浸っては正体不明になるまで飲んだくれリヤカーに積み込まれる日々。
いつもは一人で積み込まれるリヤカーだが今日は隣に弟が転がっている。
「‥あにょまま死んでれば良かった‥そうすればこの苦しみから解放されたもにょを‥何で助けたんだ、メイズ‥お前に慈悲はにゃいのか‥」
「目ン前に血だらけの兄がいて助けにゃい弟がいるにょか」
そう言いながら数か月前の事を思い出すメイズ。
父に『兄の廃嫡』と『ロサ嬢と自分の結婚』を進言する為モンス辺境領に戻っていたメイズ。
ロサ襲撃の話を聞きつけて急ぎロサの住む北の森へ向けて馬を飛ばしていたところで。
道端でモリモリ草を食む馬と馬とロープで繋がった血だらけの兄を発見した。
虫の息ではあるがまだ生きている。
(……うん、だが今はロサ嬢の救出が先だ!)
と、とりあえずロープを外し道の真ん中に転がっていた兄を草むらに移動し体が冷えない様枯れ草などを掛けたところで馬が何かに気付いて駆け出した。
そちらを見ると北の森方面から60人ほどの騎乗した騎士達がゾロゾロやって来る。
どいつもこいつもキラキラと目を輝かせ何やら興奮冷めやらぬ感じで口々に何か言っている。
「‥あぁ、俺は幸せだ…あの様に尊い女神に出会えたのだ…」
「おう、一刻も早く一人になってこの感動をポエムにしたためたい」
「俺に絵心があればあの尊き女神様のお姿をキャンバスに再現できるのに」
「笑止…どれほどの芸術家であろうとあの尊さを表現することなど不可能よ‥」
『女神』?誰の話をしているのだと首を捻るメイズは騎士達の中に知り合いを見つけて馬で横につけ、話しかける。
「オイ、一体誰の話をしているのだ?」
「ん?‥あれ、メイズ殿‥いたっけ?」
「いなかったから聞いている」
「‥ハハ、それは残念だったな、あの女神様を見れなかったなんて」
「だから誰のこと‥」
「ロサ殿下だよ!当たり前だろう?」
「‥ッ!?‥だが…お前達はカルミアの騎士だろう?一昨日ピンク御殿ではロサ嬢を散々けなして‥『ロサ殿下』?」
「‥思い出させるな!あの淫乱の騎士だったことは俺の黒歴史…だがロサ殿下のお姿を見れたお蔭で浄化された…ロサ殿下は本当のお姿を隠しておられたのだ!」
「そうそう、茶髪茶目の丸い姿は仮の姿…本当は輝くピンクの髪と瞳の女神様だったのだ!」
近くに居た他の騎士達も話に入って来て、次々にロサの美しさを褒め称え、第一王子と二人で恐ろしい魔女を成敗しグラキエスを守ってくれたのだとグラキエス国歌の替え歌で大合唱する始末…
良く分からないが兎に角ロサ嬢の無事だけは間違いない。
そう判断し急ぎ医術師の所へ兄を運び――生死の境をさ迷う兄を放っておけず王都近くの町に滞在していると次々に驚きのニュースが入って来て――
不貞を働いたため離縁となった元第一王子妃カルミアが行方不明に。
ピンク御殿解体、フランマからのカルミアの侍女軍団は帰国へ。
第一王子殿下が新たにフランマ帝国第一皇女ロサ・フランマ殿下とご婚約!
ロサ殿下とシアン殿下、目出度くスピード仮婚姻!
ロサ殿下のご成人を待って本結婚へ…王家総動員でご準備に大わらわ――
フランマ帝国第一皇女!?
違う…自分の想い人とは別の人に違いない!
だが兄の見舞いに駆けつけて来た父に問いただせば『その通り』だと言う。
「では…ロサ嬢と俺の結婚は…」
茫然と呟くメイズにモンス辺境伯は。
「『ロサ殿下』だ!…もう手の届かない御方――第一王子妃殿下だ」
「そんな…俺の方が先に‥ずっと昔から恋してたのに‥」
「シッ!‥滅多な事を口にするでない!『氷の王子』と言われてきたクール過ぎるほど女性に淡白だったシアン殿下がロサ殿下に対しては別人…ヤンデレ化して大変らしい」
――そんなッ!
信じられぬままに数か月が過ぎロサ殿下とシアン殿下の本結婚とあいなり…
気持ちに区切りを付ける為ご成婚パレードを見に行った。
馬車から手を振る女神の様に美しい人は紛れもなくロサ嬢…
たとえ姿が違っても彼女は彼女――間違いなく恋焦がれて来たロサ嬢だった。
領民にそっぽを向かれ暴言や石つぶてを投げられても唾を吐きかけられても泣きもせず耐えていた少女…平気な顔をしていたけど体は小さく震えていた…固く結んだ手を取り『俺が傍に居るから』と言いたかったけど彼女は兄上の婚約者だから言えなかった。だけどそれからは彼女が領地を訪れるときは必ず傍に居るようにした。共に領地経営を学び、あーでもないこーでもないと特産品を考えて何時間でも語り続けた…ワクワクして楽しくて――どうしても惹かれるのを止められなかった。一生懸命で真っ直ぐな少女…自分が出会ったどの令嬢とも違うひたむきな少女…兄の婚約者――だが彼女は今、兄とは違うこの国で最も輝く第一王子と‥はッ!
ロサとメイズ、二人の目が合った。
ロサはふわりと微笑み――美しい手を優雅に動かした。
「‥ッッ‥」
それはモンス辺境伯家の者だけが分かる手信号で――
『モンス辺境領で領民に厳しく接せられる中、メイズ殿の親切に何度も救われた。とても感謝している。メイズ殿、どうぞ幸せに』
ロサはそう言葉を送ってくれた。
返事も出来ないまま過ぎていく馬車を見えなくなっても見続けていた――
そして現在、リヤカーに積まれて運ばれている…
ビンカが何度目かの溜息をつきモンス兄弟に言い放つ。
「あのね、女神様やお姫様なんて遠くから垣間見るぐらいで丁度いいの!」
『全然よくない』と思う兄弟。
「緊張しちゃって疲れるだけでしょ?」
『会うだけでドキドキワクワク嬉しくて疲れなんか吹っ飛ぶ』と思う兄弟。
「…まぁさ、ほら、ずっと一緒に居るのは気心が知れててさ、うん、空気みたいな存在っていうのかな…私みたいな…ね、分かるでしょ?」
「「‥はッ‥」」
危険が迫っていることを察知し一気に酔いが醒める兄弟。
「おっといけない、酒場に愛馬アラケルを置いて来てしまった!」
ガバと起き上がりヒラリとリヤカーを飛び降りたメイズは一目散に酒場方向へ走り去る。
「‥あ、ちょっとメイズ!邸に私の年下友人の可愛いトレニアがお茶しに来て‥な、何て逃げ足なの…ベロベロだったくせに…まぁいいわ、ねぇ、サル…ん!?サルトゥス!?ちょ‥」
メイズに呼び掛けていたビンカが振り返ると泥酔して自力では身動きすら困難に見えたサルトゥスまで居ない。
「俺も愛馬ウェルテクスをな、ハハハ!」
とか叫びながら同じく酒場方向に走り去るサルトゥス。
「…たく何よ…いくら逃げても無駄よ?叔父様に頼まれているんだから…『傷心のサルトゥスを頼む』って…叔父様が味方なら百人力よ!‥逃がさないからね?」
「‥ウッ!?」
背筋にゾクリと悪寒が走り転んでしまったサルトゥスを愛馬ウェルテクスが『ブルル』と舐める。
「おおウェル、…あぁメイズが連れて来てくれたのか、恩に着る」
兄弟は久しぶりに連れ立って小高い丘まで馬を走らせる。
「兄上、アレ、狙われてますね」
「‥恐ろしい‥ガキの頃にビンカ従姉様との縁談は消えたはずなのに」
「いいんじゃないですか?兄上の初恋なのでは?」
「そんな訳無いだろう。ロサ姫との婚約契約書を書く時に適当に名前を使わせてもらっただけだ!‥俺の初恋はロサ姫だからな!」
「全く…呆れますよ…本当はゾッコンだったとか…ロサ殿下はきっと一生兄上の本心に気付かないでしょう」
「うッ…」
「…ビンカ従姉様とのこと、考えたらどうです?」
「無理だ…お前こそどうだ?父上はビンカ従姉様と結婚した方を後継者にするだろう」
「俺だって無理です」
モンス辺境領を見渡せる小高い丘がオレンジ色に染まる。
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