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「どうだった?
フィカス」



ナイトとフィカスが乗った車が建物を離れたところでナイトが問う。

ずっと黙って控えていたフィカスは神経を研ぎ澄ませて建物内部を観察していた。



「地下の部屋――
黒いカーテンの向こうに禍々しいのが一人…
明確な敵意を感じました」

「ああ、居たな――
あの敵意は知ってる。
命を取ろうとしてくる者の本気の敵意だ」



生まれる前からそんな敵意に晒されて来たナイトには慣れ親しんだ?敵意だ。

何かをしたわけではなくただ存在するだけでそんな敵意を向けられ続けて来たナイトは顔色を変える事もない。

僅かに瞼を伏せただけでもう気持ちは切り替わっている。



「では心積もりをしておいた方がいいというワケだな…
だが今は――」

「分かってます」



そう言ってフィカスは高速への入り口へハンドルを切る。

法定速度をキッチリ守って走っていた高級車は山を下り一般道から高速に入るやいなやアクセル全開でぶっ飛ばしていく。


多分命を狙われている

だが二人の心は既に別の事――大切な存在でいっぱいになっている。


早く!

早くユウトの所へ!




そのユウトは――


練習場で一人真面目に練習していた。

ところへ、予定外の人がやって来て――



「いや~~~、
本当に感心だよ!
一人で練習頑張ってくれているなんて!
誰も見ていない所で努力する!
まさにアイドルの鏡!
さすがは皆のアイドル、ゆーとりんだ!」

「いや、僕、ダンスも苦手だから…
歌を口パクにさせて貰うんだから、せめてダンスだけでもと思って…
桧木先輩は何故ここに?」

「偉いッ!
…ああ、僕は置きっぱなしにしていたDVDを取りに‥
あ、そう言えば聴いてもらってないよね?
ラスト曲の音源!」

「そう言えば‥‥
聴きはぐってました」

「丁度いい!
一緒に聴こうよ!
アイドル曲大好きな僕でも惹き込まれるほど素晴らしい歌声なんだ!
さすが音楽好きの叔父さ‥理事長だと感心したよ!
練習はもういいよ!
完璧、完璧!
あ‥シャ‥シャ‥
シャワーするかい?」

「いえ。
全然汗もかいてないし
大丈夫です」

「え、そ、そう‥‥
しないんだ‥‥‥
なんだ‥‥残念‥」

「ん?」

「い、いや‥‥ハッ!
じゃぁ僕、先に3階に上がってDVDの準備しておくよ!」

「あ、はい‥速ッ!」



風のように2階のダンス練習場を出て行った桧木。

心臓がバクバクしている!

胸ポケットにアレが入っているのを確認し、ニヤリと口角を上げる。


(まさに千載一遇のチャンス到来だ!
このビルの中でユウト君と二人きり!
魔王も皇帝も揃って出かけて居ない!
そしてポケットにはアレが入ってる!
――あぁクソッ、
こうしてユウト君と二人きりになる為に毬を使おうと思っていたから、イヤだけど我慢して相手したのに――毬の協力なんか無くてもこうして最高のシチュになったじゃないか!――こんな事ならあんな事ッ…クソッ!クソクソクソクソク…いや、今はこの二度と来ないであろうビッグチャンスをものにする事だけに集中するんだ!)


バタバタとお菓子、飲み物、DVDの準備をし、奥の部屋のベッドを整える桧木。

抜かりは無いか指差し確認が済んだところで丁度ユウトが上がって来る。



「もう練習は終わりますので、2階の方、掃除して電気全部消しました。
音源聴かせてもらったら帰りますので――」

「あぁ、いいよ!
お疲れお疲れ、さ、
ここ座って!
喉乾いたよね?
ハイ、ユウト君が好きなスパドリ。
酸っぱいスポドリね!
すぐお昼だからお菓子は軽めにしようね!」

「有難うございます」



いつも以上にニコニコしながら世話をしてくれる桧木。

ユウトは恐縮しながらソファに座る。

そしてDVDが流れた瞬間、ユウトは固まる。



「―――え‥コレ‥」

「あ、知ってた?
僕は全然知らなかったんだけど、外国の凄い歌手なんだって。
これ、10年ぐらい前のコンサートの映像らしいんだけど、このコンサートを最後に活動してないらしい。
ちょっと待ってね、最後の曲だから進めるね。
全部いいけど、特に最後の曲が素晴らしいんだよ!
ユウト君に口パクしてもらう曲!
声がね、
コンサートのラストでもう掠れてたんだけど、途中から急に調子を戻してさ、もう信じられないぐらい良い、素晴らしいんだ!
よしっ、ここだ!」



桧木が早送りを止めると、最後の曲が始まる。


≪ゴクッ‥ゴクゴク≫


やたらと喉が渇くユウトは桧木に渡されたペットボトルのスポドリを勢いよく飲む。

その様子を横目に見る桧木の口角が上がる。


DVDが終わり、神妙な顔をしたユウトが小さな声で尋ねる。



「‥ラストの曲、変えられませんか?」

「‥え!?
何で‥素晴らしかっただろ?
何か問題あるの?」

「いえ‥ただ‥」

「これは理事長がどうしてもって言ってたから変えられないと思うけど‥
ユウト君が嫌なら理事長に話してみる‥」
「いえ!いいです!
すいません、我が儘…
大丈夫です…」

「いいのかい?」

「はい、大丈夫です。
ただ立ってるだけですもんね、頑張ります」

「‥ッ‥」



少し青褪めたユウトに欲情する桧木。

ソワソワと視線を動かした後、掠れた声で変な質問をする。



「‥と、ところでさ、
体、熱くなったりしてない?」

「え?体ですか?」

「こう…カッカとする感じでさ、心臓がドキドキして来てない?」

「特に何も…
逆にクールダウン‥」
「おっ、おかしいなッ
そろそろ効いて来る筈なんだけどなッ‥」

「‥『効く』って‥」

「飲み物にクスリをね、少しだけ入れておいたんだよ…
ああ、体の自由を奪う様な変なクスリじゃないから大丈夫だよ!
ちょっとだけ興奮作用があるだけの安全なヤツ‥えッ!?
ユ、ユウト君!?
どうし‥ユウト君ッ」

「‥ウッ‥ッッ‥ッ」

「ユウト君ッ!?な‥
何で‥ユウト君ッッ」



桧木は信じられない。

弱く安全なクスリの筈

自分も何度か試してみたけど、問題無かった。


なのに、どうして!?


明らかに異常な赤い色に皮膚を染め、ガクガクと痙攣し苦しんでいるユウトを目の前に桧木は絶望する。


し、死んでしまう!?


慌てて胸ポケットの小さなクスリの瓶を取り出して愕然とする。



「アァッ嘘だッ!
げ、原液!?嘘だッ
うわぁぁぁ~~~ッ」



桧木は薄めてあったはずのクスリの瓶と原液の瓶を間違えていた事に――


ユウトに致死量の薬物を飲ませてしまった事に気付く――
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