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32 イケメン、日本文化に触れる

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タクシーを降車した場所から少し歩いた所にユウトのじぃちゃんの友達桑島がやっている居酒屋がある。

チェーン店ではなく、後継ぎのいなかった前店主から常連客の一人であった桑島が引き継いだ。

古風な縄のれんをくぐり、ガタピシとした引き戸を開けて店内に入る。

もう少し暖かくなれば戸は常に開け放たれるが、一見いちげんさんには入りづらい店かも知れない。

大将が一人で切り盛りしているのだが、その大将が不愛想なのだ。

と言っても、気難しいというワケではない。

単なるコミュニケーション下手なのだ。


人見知りで、一見さんとは目も合わせられない桑島だが、小さい頃からじぃちゃんやばぁちゃんに連れられてご飯を食べに来た天使には柔らかな笑顔を惜しまない。



「おぅ、ユウトか!
よく来たな!
何だ、また綺麗になったんじゃねぇか?
会う度に綺麗になってくなぁ!」

「‥大将、僕、男子。
綺麗とか言われても嬉しくないからね?
それにホラ、本当に綺麗な人達連れて来たから。
僕の友達のナイト君と、彼の執事のフィカスさん」

「おぉ、ユウトの友達かい?
ハリウッドスターがふらりと入って来たのかと思ってマジビビったわ。
どうもどうも、ユウトがお世話ンなってます。
ユウト、奥の座敷使うといい。
ウチの小さい椅子じゃ背高せいたか兄ちゃんもパツキン兄ちゃんも辛いだろ」

「ありがと。
二人ともこっちこっち。
フィカスさん、お酒飲む?」

「いえ…え!…あ、
靴を脱ぐのですね!
私、実はレストランで靴を脱ぐのは初めての経験です。
来日前に日本の勉強をした時に文化として知ったのですが、実際には中々そのシチュエーションに巡り合う事がなかったのです!」

「ふぅん、和食系――料亭とかは行かないんだね?
あれ? 和食大丈夫?
ナイトはすき焼き食べてたから大丈夫だよね」

「大丈夫。
すき焼き好きだ」

「私も食べたかったです」

「『すき煮』があるよ。
すき焼きのお手軽版ていうか、すき焼き風の煮物。
食べてみる?」
「食べます」
「俺も」



ユウトはニッコリする。

イケメン達が食い気味に答えるのが何だかカワイイ。

自分より大人で完璧な二人だけど、お腹を空かせた大型犬2匹に見えて来る不思議。



「『正座』をしなくていいのですか?」

「フィカスさん、正座は苦行だよ。
居酒屋はリラックスして美味しいお酒や食事を楽しむ所だから正座しないよ。
あ、でもこういう座敷だと女性は正座するかな。
ス、スカートだから、あ、危ないからね、コホン。
男みたいに大っぴらに足を崩すわけにもいかないから可哀想だよねぇ。
ここはね、この座椅子に座るんだよ」

「「座椅子?」」

「ハッ!…足の無い一人掛けソファですね!」
「ユウトの家でも座ったが形が違う」

「そう。
ウチのより形がシンプルな分、座りやすいと思うよ。
こう座って、足は伸ばしたり胡坐あぐらをかいたり…二人とも足、長すぎ!」

「不思議な感覚だが」
「快適ですね!」

「クスクス‥‥
これ、お品書き。
メニューだね。
本来お酒を飲む所だから、お酒と酒の肴ばかりだけど、言えば白ご飯出してくれるから、好きなおかずと組み合わせて定食みたいにするといいよ。
『すき煮』は副菜として、メインはどうする?
『すき煮』に牛肉入ってるから、魚系がいいかなぁ?
何か気になるの、ある?」

「メニューの全てが分からない」
「私もです」

「ナイトは中学の時、給食食べてたよね?
給食で美味しいと思ったメニューない?」

「『カレー』という煮込み料理」

「カレーね!
給食のカレー美味しかったよね!
でもここにはカレー無いなぁ」



そこへ大将が入って来る。



「カレーなんて、誰が作っても美味いからな。
家で作るので充分だろ。
ホイ、お茶とお通し」

「「お通し?」」

「おう、今日はポテサラだ。
ウチのお通しは無料サービスだから安心してくれ」

「やった♪
大将のポテサラ大好き」

「そうかそうか♪」

「大将、カレーなんだけど、こちらのイケメンの台所には何と炊飯器も鍋も電子レンジも無いんだ。
つまりカレーライスが作れないんだよ」

「なッ!?嘘だろ?
家じゃメシ食わねえのかい?」

「デッカいフライパンがあって、それで塩コショウした肉を焼いて、弁当屋さんで買ったごはんと共に食べてるんだって」



絶句した大将。

そんな大将と対照的な声を上げるイケメン達。



「美味い!」
「おいしい!
これ、『ポテサラ』?
凄く美味しいです!」



小鉢に入ったポテサラを一瞬で平らげたイケメン達は感動のあまり少し震えている。

この二人、イケメン改めお腹を空かせた大型犬2匹で間違いない。
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