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10 桧木別人過ぎる

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「‥‥静まれ‥‥」

ゆーとりん!
オォォォォォ‥‥

ゆーとりん!
オォォォォォ‥‥

「静まれッ!」

シィ‥‥‥‥ン

「皆、部活に戻れ。
顧問の先生方?
仕事して下さいよ?」



ゆーとりんコールが止んだのは良かったけど、ユウトの背後からもはや謎でしかなくなった男が近付いて来る。

顧問の先生たちも大柄な運動部生徒たちもササーッと部活に戻った様子。

『鶴の一声』ってこーゆーの?

生徒会長、権力持ち過ぎじゃない?

理事長の甥だからってだけじゃなさそう。



「モブ山君、いきなりすまなかった。
大丈夫か?」

「‥‥あ、はい。
大丈夫です」

「良かった。
ではモブ山君も部活に戻る様に。
――今後は気を付けるんだよ?」

「‥‥はい‥‥」



何だかモブ山先輩が悪いみたいになってない?

本当この生徒会長、癖強が過ぎる‥‥

うわ、こっち見た!



「あ、じゃあ、僕も」

≪ガシッ≫

「‥ッ!?」



腕、掴まれた!?

なに!?

ユウトは桧木の顔を見ようとするが、見えたのは桧木の後頭部。

腕は正門とは違う方向にユウトを引っ張る。

凄い力だ。

ユウトは校舎と平行に伸びる細道へ抵抗すら出来ずに引っ張られていく。


桧木は小柄なユウトよりは10センチほど背が高い様だが、決して大柄ではない。

スラリとしたスマートな体型からも、怪力なのは意外過ぎる。

体の大きな屈強そうな運動部員たちが本気で恐れていたのはこの腕力?

少し話しただけでその人の事が分かるはずは無いけど、それにしたってさっきまでと今とじゃ別人過ぎる――

ユウトは桧木の後頭部を見ながら、人間て自分が思っていたよりずっと恐い、よく分からない生き物なんだなと思う。


当の桧木は随分と強引な事をしているというのに、優し気な声で説明する。



「本当に申し訳ない。
生徒会の落ち度だよ。
今回、選考員の殆どが
…いや正直に言おう。
選考員の全員が受験に訪れた君を隠し撮りしてしまったんだ。
その画像をごく限られた友人間だけで共有するつもりが、いつの間にか学校中に拡散されてしまって、本当なら新学期が始まって初めて新しいアイドルをお披露目するのに、今回に限ってはもう君の事が周知されてしまっているんだ」

「選考員全員‥‥
桧木先輩も僕を隠し撮りしたんですか?
一体、何の為に?」



どこか分からない方向へ引きずられながら悪寒――嫌悪感?でゾワゾワ震えるユウトだが、訳の分からない説明に質問せずにいられない。

自分を隠し撮りして何になるのか――!?


声は優し気なまま、でも確実に違うトーンで桧木が答える。



「――あ、やっぱそこ気付いちゃうんだ?
君、本当はバカじゃないでしょ。
何の為にって、可愛いからだよ。
可愛い画像を見ながら‥‥
男だからね。
男ってそういうもんでしょ」



顔だけユウトに振り向いた桧木。

その顔に浮かぶ薄い笑いにゾクリとするユウト。

この男はヤバいと野生の勘が言っている!

一刻も早くこの男から逃げなければ!



「男に『可愛い』とか言われて不快です。
ワケも分からず強引に引っ張られるのも。
――放して下さい。
これ、暴力ですよ」

「は?何を今更。
『可愛い』『綺麗』『美人』『魅力的』
耳がタコだらけになるぐらい言われまくってるでしょ。
のだって――もう、でしょ」

「まさか!
こんなの、今までの人生で初めてですよ!
この学校の人達、変ですよ!
ワケ分かりません!」

「え!?」



予想外の答えに思わず足を止め、クルリと全身でユウトに振り返る桧木。


本当に、君はを知らないのか?

確かに、演技では到底醸し出せない清廉さを纏っている――

確かに!


目を曇らせていた先入観がスッキリと晴れて見開いた目に映るのはユウトの乱れた息と紅潮した頬と怒りと嫌悪感を隠さない美し過ぎる瞳――



(あ‥う、美しいッ)



全てが真っ白になる中にユウトだけが居て輝いている――そんな感覚に茫然と見つめるしか出来ない桧木は、今自分が何をしているのかさえ見失う。
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